行き先のない旅
行き先のない旅(54)

異土にありて思う ああ、健康保険!

大野ゆり子
執筆者:大野ゆり子 2007年11月号
カテゴリ: 国際 文化・歴史
エリア: 中国・台湾

 よりによって、ニューヨークに着いたとたん、夫が急に歯の治療をしなくてはならなくなった。よりによって、と書いたのは、私たちはベルギーの健康保険に加入しているので、アメリカの健康保険がないからだ。 夫はこの瞬間に、約四千七百万人ともいわれる、アメリカの保険未加入者と思いを共にすることになった。歯に詰めていた金属がはずれてしまっただけなので、簡単な治療と思っていたのが、虫歯一本につき三百五十ドル。しかも「予防医学」という考え方が進んでいるせいか、レントゲンを撮り、まだ痛くない歯まで治療しなくてはならないという医者の主張で、治療費は一回で合計約千ドル。 治療の方針より先に値段の計算を言われるので、歯科医がこちらを見る目が、患者を優しく診る目ではなく、次々と加算するキャッシャーの「$$」の形に見えた、と夫が言う。 セカンドオピニオンという考え方が徹底した国なので、他にも行ってみたが、患者の身になった意見というより、他人の治療法を悪く言い、自分を宣伝する感じ。「うっかりここが痛いなどと言うと、また治療費を取られるから、痛いところがあっても、歯医者には悟られないように、絶対隠しておこう」と決意を固める夫であった。

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執筆者プロフィール
大野ゆり子
大野ゆり子 エッセイスト。上智大学卒業。独カールスルーエ大学で修士号取得(美術史、ドイツ現代史)。読売新聞記者、新潮社編集者として「フォーサイト」創刊に立ち会ったのち、指揮者大野和士氏と結婚。クロアチア、イタリア、ドイツ、ベルギー、フランスの各国で生活し、現在、ブリュッセルとバルセロナに拠点を置く。
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