行き先のない旅
行き先のない旅(14)

外交官だったルーベンスがいま再評価される

大野ゆり子
執筆者:大野ゆり子 2004年6月号
カテゴリ: 国際 文化・歴史
エリア: ヨーロッパ

 当世風の表現でいうと、ルーベンスはあきらかに「勝ち組」である。大画家でも、彼の同時代人のカラバッジョはテニスの試合がもとで口論のあげく相手を殺してしまったし、レンブラントは妻子に先立たれた後、四十代で破産状態に陥り、経済的には不遇の人生を送った。それに比べてルーベンスはヨーロッパきってのサラブレッドである。フランドルの貿易都市アントワープの助役を務めた父をもち、ドイツに生まれる。早くから画才を発揮してマントヴァ公国の宮廷画家となり、独、伊、仏、蘭、英、西、ギリシャ、ラテン語の八カ国語を自由に操り、洗練された社交術をもつ彼のところには、スペイン、イギリス、フランスの宮廷や富裕層から、肖像や祭壇画などの注文が殺到した。 その語学力、顔の広さを買われて、ルーベンスは画家と同時に本職の外交官としても活躍するようになる。アントワープの広大な邸宅内には工房が設けられ、十五人ほどの弟子がルーベンスの意向を汲みながら制作した作品の数は約二千。フェルメールやレオナルド・ダ・ヴィンチが生涯で残した絵画がおよそ三十枚であることを考えると、驚異的な数である。 彼を襲った不幸といえば最愛の妻の死であった。「この不在は二度と埋まることはない」と嘆いたルーベンスだったが、その四年後、三十七歳年下で、当時十六歳の少女と再婚している。

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執筆者プロフィール
大野ゆり子
大野ゆり子 エッセイスト。上智大学卒業。独カールスルーエ大学で修士号取得(美術史、ドイツ現代史)。読売新聞記者、新潮社編集者として「フォーサイト」創刊に立ち会ったのち、指揮者大野和士氏と結婚。クロアチア、イタリア、ドイツ、ベルギー、フランスの各国で生活し、現在、ブリュッセルとバルセロナに拠点を置く。
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