「最高人民会議後」の北朝鮮(上)「最新序列」で見えた「労働党政治局の再編」

平井久志
執筆者:平井久志 2015年4月21日

 北朝鮮は4月9日、最高人民会議第13期第3回会議を開催し、2014年決算と2015年予算を採択、国防委員会の朴道春(パク・ドチュン)委員を解任し、金春燮(キム・チュンソプ)前慈江道党責任書記を国防委員に選出した。
 今回の最高人民会議は従来の路線からの大きな変化はなかったが、その中から2月18日に開催された朝鮮労働党政治局拡大会議で決定された「組織(人事)問題」の決定内容が浮かび上がって来た。それは金正日(キム・ジョンイル)総書記死後3年を経た金正恩(キム・ジョンウン)政権の微妙な変化を示すものであり、軍で断行された世代交代の波が次第に労働党にも波及し始めたようにもみえる。

 

機関決定主義の後退

 金正恩時代に入って6回目の最高人民会議であったが、金正恩第1書記は出席しなかった。金正恩第1書記は政権スタート時から出席を続けていたが、昨年9月に足首の負傷で欠席したのに続き、2回連続の欠席となった。
 北朝鮮では4月の最高人民会議は予算・決算を処理し、政府や国防委員会の人事を決定する会議である。金正恩時代が始まった2012年4月には最高人民会議の前に党代表者会を開き、2013年4月には党中央委員会総会を、2014年4月には党政治局会議を開催し、最高人民会議で決定する案件を事前に党で討議する手続きを取った。金日成(キム・イルソン)時代には最高人民会議の前日に党中央委総会を開くことが慣例化していたが、金正日時代になると金正日総書記の独裁が強まり、最高人民会議前の党の会議が省略されてきた。金正恩時代に入ると、最高人民会議の前に党の会議が開催され、金日成時代の党の優位性や機関決定主義が定着するのではないかとみられた。
 しかし、この4年間を振り返れば、最高人民会議前の党の会議は党代表者会(2012年)→党中央委総会(2013年)→党政治局会議(2014年)と縮小され、今年はついに党政治局会議も開かず、最高指導者の金正恩第1書記も出席しないという「手抜き」となった。
 ただ、今年に関して言えば、2月10日に政治局会議、2月18日に政治局拡大会議を開催し、2月23日には党中央軍事委員会拡大会議の開催が報じられた。事前に党の重要会議が相次いだため、敢えて最高人民会議の前に党の会議を開催しなかったともいえるが、今後、党の機関決定主義が維持されるのかどうか注視する必要があろう。

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執筆者プロフィール
平井久志
平井久志 ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。
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