「避難指示解除」で期限を切られた「飯舘村住民」の怒り

寺島英弥
執筆者:寺島英弥 2015年7月13日
エリア: 日本

 政府は6月12日、福島の復興指針改定を閣議決定した。与党の提言を受けて、福島第1原発事故被災地の「居住制限区域」「避難指示解除準備区域」の避難指示を、2017年3月までに解除する方針だ。すでに4年以上も避難を続けている住民たちの帰還に期限を切り、それまでの間に対象の自治体を集中支援するという。だが、飯舘村比曽地区では、環境省の除染が終わった宅地の放射線量が下がらず、安全への不安に加え、今春から本格化した農地除染の完了や、汚染土の仮置き場の撤去の時期もあいまいだ。住民からは「これで帰村しろと言うのか」と怒りの声があがる。

放射線量は高止まりなのに…

 比曽地区は飯舘村南部にあり、唯一の「帰還困難区域」である長泥地区に隣接し、「居住制限区域」に指定されている。村の定点測定地点での比較を見ると、2011年3月の原発事故の翌月に9マイクロシーベルト(毎時/以下同)弱だった線量は、4年間の自然減を経てもまだ約3分の1のレベルを保ったまま。14年春から環境省による除染作業が始まり、これまでに、村外に避難中の住民約90世帯の家屋とその周囲の「宅地除染」がほぼ終わっている。
 環境省の除染方法は、宅地も農地も、汚染された土を5センチはぎ取り、新しい土をかぶせる。これは、放射性物質(セシウム)が土中の粘土分に付着する性質があり、おおよそ5センチ以内の深さに集中することが確かめられているからだ。
「高線量地域」である比曽行政区では、自治会が役員・区長経験者の「除染協議会」を設け、除染を担当する環境省福島環境再生事務所にたびたび要望を伝え、また、住民有志が独自に地区内の放射線量を測定する活動を続けている。宅地除染が終わった家々についても、農家で元区長の菅野啓一さん(60)が福島市内の避難先から比曽に通い、一軒一軒回っての効果検証の測定を5月から行ってきた。

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執筆者プロフィール
寺島英弥
寺島英弥 河北新報編集委員。1957年福島県生れ。早稲田大学法学部卒。東北の人と暮らし、文化、歴史などをテーマに連載や地域キャンペーン企画に長く携わる。「こころの伏流水 北の祈り」(新聞協会賞)、「オリザの環」(同)、「時よ語れ 東北の20世紀」など。フルブライト奨学生として2002-03年、米デューク大に留学。主著に『シビック・ジャーナリズムの挑戦 コミュニティとつながる米国の地方紙』(日本評論社)、『海よ里よ、いつの日に還る』(明石書店)。3.11以降、被災地における「人間」の記録を綴ったブログ「余震の中で新聞を作る」を更新中。
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