「ミャンマー」と「文革」:元「緬共戦士」の回想で再考する習近平の「熱帯への進軍」

樋泉克夫
執筆者:樋泉克夫 2017年3月22日
中国の権力体制の変遷とともに東南アジア諸国との関係にも変化が(C)時事

 

 かつて東南アジアの国々では、親北京の共産党組織が華々しい活動を展開していた。毛沢東の時代、北京からの物心両面にわたる手厚い支援を受けた彼らはジャングルに潜み、反政府武装闘争に明け暮れていた。もちろん北京からの厳格な指示に従って。だが中国が毛沢東思想を捨て改革・開放へと路線転換を図るや、彼らへの支援は先細りする。北京にとって彼らは“厄介者”となっていったのだ。支援のバルブは締められ、活動は停止を余儀なくされ、政治勢力としては雲散霧消してしまった。

 今さら、とは思う。だが、青春の日々を「為人民服務」を掲げる毛沢東思想に衝き動かされ、異国の「解放」を目指した中国の若者が歩んだ人生を振り返ってみることは、中国と東南アジアの関係を知るうえで必要なことだと思う。その意味で以下の2冊を改めて読み返すと、感じることが少なくない。

 

『守望 金三角。』(石磊 旗林文化出版社 2012年)

 いまから四半世紀ほど昔、バンコク経由で初めて雲南省の省都・昆明に行った時のことを思い出す。眼下に見えるのは山、また山。ラテライトの赤茶けた土肌の熱帯疎林の上を飛び、やがて鬱蒼としたジャングルの上空に差しかかる。目を凝らすと、山肌を縫って獣道のような小径が延々と四通八達して続く。小径に沿ってポツンポツンと小さな集落が見える。周辺で小さな鏡のように光っていたのは溜池だろう。命の水だ。こんな所でも、誰かが生活を営んでいる。はて、どういう方法で外界と接触しているのか――こんなことを考えていると、アッという間に昆明空港に到着する。空を飛べばバンコクから瞬く間に到着する昆明だが、歩くとなると何日も必要だろう。

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執筆者プロフィール
樋泉克夫 愛知大学教授。1947年生れ。香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士課程を経て、外務省専門調査員として在タイ日本大使館勤務(83―85年、88―92年)。98年から愛知県立大学教授を務め、2011年より現職。『「死体」が語る中国文化』(新潮選書)のほか、華僑・華人論、京劇史に関する著書・論文多数。
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