サウジ皇太子のビジョンを映す「プラスチック時代」の「アラムコ2大戦略」

執筆者:岐部秀光 2023年8月9日
エリア: アジア 中東


2020年のSABIC買収が石化戦略の転機になった[リヤドのキング・アブドラ金融地区(KAFD)にあるアラムコ・タワー=2023年4月16日](C)AFP=時事
岸田文雄首相が7月に訪問し、協力関係の強化で一致したサウジアラビア。事実上の指導者であるムハンマド・ビン・サルマーン皇太子が、国のありようを変えるような大改革に取り組む。石油に頼れない時代に向けた皇太子の「ビジョン」を支えるのは、ほかならぬ石油収入であり、国営石油会社サウジアラムコである。アラムコの事業方針に、サウジの脱炭素時代の生き残りへの戦略がにじむ。

アラムコは7月21日、中国の栄盛石油化学有限公司の発行済み株式を246億人民元(34億ドル、約4800億円)で取得する取引を完了したと発表した。ムハンマド・カハターニ下流部門担当社長は「栄盛とのパートナーシップを通じて、中国での存在感を高められる。アラムコの長期的な戦略の重要部分を成す」と述べた。

アラムコの戦略とはなにか。ひとことで言えば、アジアシフトと下流シフトである。

アジアシフトを敷く「石油化学産業の巨人」
世界的には脱炭素の流れが加速し、石油の需要はやがてピークアウトするとみられる。しかし、石油化学製品の需要はそう簡単に減退はしない。プラスチック、肥料、包装、衣料などわれわれの生活に、原料としての石油化学製品は欠かせない。ソーラーパネルや風力タービンブレード、電気自動車など、脱炭素時代を支えるのも化石燃料由来の製品群なのだ。

1971年から2015年までに世界のGDP(国内総生産)は4.5倍になった。しかし、国際エネルギー機関(IEA)によると、この間のプラスチックの生産量は10倍に達している。鉄の生産が2.9倍、アルミの生産が4.9倍にしか伸びていないことを思えば、過去50年は「石油の時代」というより「プラスチックの時代」であったといえよう。この急拡大は見落とされがちであり、脱炭素をめぐるエネルギーの議論において「重大な盲点」(IEA)である。

プラスチックの時代はなおも続く。2030年までの石油需要の増加分(日量960万バレル)のうち最大を占めるのは石油化学で、日量320万バレルの伸びが見込まれている。自動車燃料(日量160万バレル)、航空燃料(日量170万バレル)、道路貨物燃料(日量250万バレル)などを大きく上回る。

アラムコのアミン・ナセル社長兼最高経営責任者は、かつてインタビューで筆者の「アラムコは何の会社か」という質問に、石油会社ではなく「総合的な化学会社」だと答えたことがある。はやくからアラムコはたんなる原油生産でない石油化学産業の巨人になろうと投資を続けていたのだ。

また、中長期的にアジアが世界の成長センターであるという図式は変わらないだろう。購買力平価でみたアジアの世界GDPに占めるシェアは現在の42%から2040年には52%に達する。企業はサプライチェーンの見直しを急ぐが、中国を中心としたアジアの生産ネットワークに取って代われる存在は見当たらない。

アラムコの栄盛への出資は3月に発表されたもので、アラムコは今後、栄盛の関連会社である浙江省石油化工(ZPC)に日量48万バレルの原油を供給する。ZPCは年間420万トンのエチレンを生産する。

アラムコはこれ以外でもアジアでの石化事業協力を進めようとしている。中国の中国兵器工業集団、盤錦新城工業集団との合弁会社を通じて日量30万バレルの製油所の建設を今年開始し、これは年間165万トンのエチレン、年間130万トンのポリエステル生産能力をもつという。また、韓国では南東部の蔚山で大型の石化事業「シャヒーン」が動き出した。

戦略を支える「クルド・トゥ・ケミカル」の技術
欧米の石油会社は、2000年代に入り製油所が供給過剰であると判断し、むしろ精製・輸送・販売など下流ビジネスから手を引いてきた経緯がある。……

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執筆者プロフィール
岐部秀光(きべひでみつ) 早稲田大学第一文学部卒。カイロ・アメリカン大学でアラビア語研修。早大大学院ファイナンス研究科修士。日本経済新聞社で金融部を振り出しに仙台支局、バーレーン支局、欧州総局(ロンドン)、カイロ支局、ドバイ支局などで勤務。イラク戦争や「アラブの春」を取材した。著書に『イギリス矛盾の力 進化し続ける政治経済システム』、共著『中東崩壊』(いずれも日経出版)。現職は編集委員兼論説委員。上智大学非常勤講師。
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