無極化する世界と日本の生存戦略 (1)

融解しつつある世界秩序の中の日本の戦略

執筆者:細谷雄一 2023年10月13日
タグ: 日本
イスラエル=ハマス紛争は、すでに緊張と対立があふれる世界秩序をさらに流動化させる要因に[2023年10月13日、パレスチナ自治区ガザ](C)AFP=時事
世界は米中対立の時代から、多極化と無極化の時代へと推移している。米国・ロシア・中国のプレゼンスが後退しつつ、「グローバル・サウス」および地域的な大国の台頭という新たな動きが加わりながら、国際政治の力学はいま大きな変化を見せている。紛争や対立がより顕著となる過酷な時代に、日本はどのような「生存戦略」を描けるか。それは世界秩序の再建と復興という、日本が国際社会において果たし得る重要な役割ともなるのではないか。慶應義塾大学が今年3月に設立した「戦略構想センター(Keio Centre for Strategy)」による特別企画で新たなビジョンを提示する。

 10月7日、パレスチナのイスラム組織ハマスが、ロケット弾などを用いてイスラエルへの大規模な攻撃を開始した。これを受けて、イスラエルもまた報復に踏み切った。また、前月の9月19日には、アゼルバイジャンが隣国アルメニアとの間の係争地となっていたナゴルノ・カラバフに対して、「対テロ作戦」を開始して、翌日にアゼルバイジャンのイルハム・アリエフ大統領が同地での主権を回復したことを宣言した。

 中東とコーカサスという、それまで長年対立が見られ紛争が膠着状態にあった二つの地域で、多くの死者を伴う軍事衝突が勃発した。そしてそのことが、すでに緊張と対立があふれる世界秩序において、さらなる不安をもたらしている。

大国の影響力の後退

 これらは、2022年2月24日に始まったロシアによるウクライナへの軍事侵攻と、はたしてどのような連関があるのだろうか。それを理解する背景として、いくつかのことを考慮に入れる必要があるだろう。第一に、ロシアの力の後退である。ウクライナで大規模な軍事行動を開始したロシアは、当初は数日でその「特別軍事作戦」を終わらせるという楽観的な見通しを立てていた。ところが、1年半を経過しても戦闘の終結に目途が立たず、膨大な国費を軍事費に費やすとともに、国際社会からの経済制裁によって半導体などの先端技術を用いた部品や製品の輸入が困難となっている。ロシアが、国力をウクライナで大きく浪費するなかで、その周辺に位置するアゼルバイジャンやアルメニアでの影響力が大幅に後退している。さらには、中央アジアでもロシアの影響力の後退によって、中国がそこでの力を拡大する。

 第二には、米中という二つの世界大国の影響力の後退である。依然として世界最大の軍事大国であり、経済大国であるアメリカは、その科学技術やソフトパワーなどを通じて、国際社会で圧倒的な影響力を保持している。だがその一方で、オバマ政権、トランプ政権、バイデン政権と、三つの政権が続けて、対外的な軍事的関与からの撤退を大きな対外政策の目標として、影響力を後退させてきた。とりわけ、トランプ政権下では「米国第一主義」として内向きな世論に支えられて国際的なリーダーシップを放棄するかのような姿勢を示し、さらにはバイデン政権において2021年8月にアフガニスタンのカブールから米軍を撤退させたことが、アメリカの影響力の後退を色濃く印象づけた。現在80歳という高齢のジョー・バイデン氏が来年の大統領選挙で再選されれば、健康や体調を考慮して外遊の回数はさらに少なくなり、アメリカのプレゼンスの低下は否めないであろう。

 習近平体制3期目に突入した中国は、ゼロ・コロナ政策に伴う経済成長の鈍化、さらには国際社会で欧米諸国がデカップリングやデリスキングの政策を進めることで、よりいっそう欧米諸国などからサプライチェーンが分断されつつある。インドのニューデリーでのG20サミットでは、中国の国家主席がG20サミットにはじめて欠席することとなり、開催国のインドと対照的にその存在感が薄れる結果となった。台湾に向けて軍事的な強硬姿勢を強める中国に対しては、国際社会の目も厳しくなりつつある。

地域における新しい政治力学

 このように、ロシア、アメリカ、中国という世界における三つの軍事大国の影響力が相対的に後退する印象を与えるなかで、二つの新しい動きが見られる。それは、インドが主唱する「グローバル・サウス」の台頭と、地域的な大国の影響力の拡大である。後者については、中東におけるイラン、さらにはサウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)の影響力拡大が近年は注目されて、新しい政治力学が見られるようになった。また、東アジアにおいては、インドネシアが最大の大国であるASEAN(東南アジア諸国連合)の自律的な行動がより注目されるようになり、もはやASEANは米中対立に翻弄されるだけの存在ではない。また、日本も岸田文雄政権のもとで防衛費を大幅に増額させて、昨年12月に発表された安保三文書に示されるように、より強靱な抑止力と対処能力を身につける方向にある。

 このような、地域における新しい政治力学の台頭という文脈の中で、イスラエル=ハマス紛争や、アゼルバイジャンによるナゴルノ・カラバフの完全な支配といった、新しい国際情勢の動向を位置づける必要があるのだろう。……

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カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
細谷雄一(ほそやゆういち) 1971年生まれ。API 研究主幹・慶應義塾大学法学部教授/戦略構想センター長。94年立教大学法学部卒。96年英国バーミンガム大学大学院国際学研究科修士課程修了。2000年慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程修了(法学博士)。北海道大学専任講師、慶應義塾大学法学部准教授などを経て、2011年より現職。著作に『戦後国際秩序とイギリス外交――戦後ヨーロッパの形成1945年~1951年』(創文社、サントリー学芸賞)、『外交による平和――アンソニー・イーデンと二十世紀の国際政治』(有斐閣、政治研究櫻田會奨励賞)、『大英帝国の外交官』(筑摩書房)、『倫理的な戦争』(慶應義塾大学出版会、読売・吉野作造賞)、『戦後史の解放I 歴史認識とは何か: 日露戦争からアジア太平洋戦争まで』(新潮選書)など多数。
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