無極化する世界と日本の生存戦略 (5)

今、再考すべき未承認国家問題――国家中心主義的国際秩序の「グレーな存在」

執筆者:廣瀬陽子 2023年11月24日
ウクライナのドネツク・ルハンシク両州において、ロシアは親ロシア派実効支配地域の住民に対するパスポート付与を進めてきた[ドンバス地方のロシア連邦加盟を支持する集会=2022年9月23日、ロシア・モスクワ](C)EPA=時事
ウクライナ東部のドネツクとルハンシク、パレスチナ、そして台湾――「未承認国家[unrecognized states]」は混乱と地域不安定化の危うい火種と言える存在だ。その脆弱さを利用して、旧ソ連地域に未承認国家や戦争を“作り出す”ことで影響力を確保したのがロシアだが、「民族自決」も国家の「主権尊重」「領土保全」も、国際法的に重要な原則ゆえに国際社会は目を背けてしまう傾向にあった。しかし、現下のロシア・ウクライナ戦争やイスラエルの戦闘は、大きな問題が生じてから対策を取ろうとしても遅いことを示している。

 昨年2月から継続しているロシアのウクライナ侵略、そしてこの10月からのイスラエルとイスラム武装組織ハマスの戦闘に世界が心を痛めている。それらに加え、今年9月には1日の戦闘で、一つの未(非)承認国家[unrecognized states]が消滅した。旧ソ連のアゼルバイジャンに存在していた、アルメニア系住民が統治する「ナゴルノ・カラバフ共和国(アルメニア語ではアルツァフ共和国)」である。

 未承認国家とは、ごく簡単に説明すれば、国家の体裁を整えていながらも、諸外国から国家として承認されていない政治構成体である。国家が主権国家としてやっていくためには、国家承認を受ける必要がある。しかし、国家承認を受けられない限り、その地は無法地帯となってしまう(未承認国家についての詳細は拙著『未承認国家と覇権なき世界』2014年、NHK出版を参照されたい)。

カラバフの絶えざる混乱と三度の戦争

 ナゴルノ・カラバフ(「ナゴルノ」は「山岳地帯の」という意味であり、「カラバフ」は「黒い庭」という意味である。近年、アゼルバイジャンでは、形容詞を除き「カラバフ」と称するのが一般的であり、以後、本稿では「カラバフ」と記載する)は、アゼルバイジャン共和国内に位置するが、アルメニア系住民が多い地域だったため、ソ連時代は自治州であった。ソ連末期に分離独立運動(当初はアルメニアへの移管、やがて独立を目指す方向に転換)が起こり、アゼルバイジャン人とアルメニア人の間の相互の民族浄化から紛争へ、そしてソ連解体後はアゼルバイジャンとアルメニアの戦争に発展した。

 ソ連解体後は、ロシアがアルメニアを支援し、1994年、アルメニアが勝利する形で戦争は停戦を迎えた。アルメニア系住民がカラバフとその周辺の緩衝地帯、アゼルバイジャン領の約20%に相当する地域を占拠し、国家を自称していたのである。公式の仲介者であったOSCEミンスク・グループ(ロシア、米国、フランスが共同議長国)の和平の仲介は不調に終わり、小競り合いが絶えないまま年月が過ぎていった。そして、2020年9月に第二次カラバフ戦争が勃発し、この際には、トルコの後ろ盾を得たアゼルバイジャンが圧勝し、11月にアゼルバイジャンが全ての緩衝地帯とカラバフの約4割を奪還する形で停戦を迎えた(例えば拙稿「第2次ナゴルノ・カラバフ紛争:新たな展開と暫定的評価」日本国際問題研究所研究レポート:拙稿「ナゴルノ・カラバフ紛争 再燃の構図」『外交』Vol.64, 2020年11/12月号などを参照されたい)。

 この頃からアルメニアは、ロシアが主導する軍事同盟「集団安全保障条約機構(CSTO)」の加盟国であるにもかかわらず、かつては支援を提供していたロシアが自国への支援に否定的であることに対して不満を隠さないようになっていた。さらに、2022年2月のロシア・ウクライナ戦争勃発後、ベラルーシ以外の旧ソ連諸国は戦争に反対するなど、ロシアの「弱さ」が顕在化し、反ロシア的な姿勢を明確にする旧ソ連諸国が増加した。中でもアルメニアのニコル・パシニャン首相はロシアのウラジーミル・プーチン大統領に反抗的姿勢をあからさまに見せつけた。第二次カラバフ戦争後にカラバフに駐留していたロシアの平和維持軍が全く機能しないまま、2023年9月19日にアゼルバイジャン側が対テロ軍事作戦としてカラバフに攻め込んだ。これに対してアルメニアはカラバフの支援をせず、アルメニア系「行政府」が降伏と2024年1月1日までの同「国」の消滅を宣言した。

 このようにしていわゆる「第三次カラバフ戦争」は1日で終了し、アゼルバイジャンは全土を回復することとなった(例えば拙稿「ナゴルノ・カラバフ問題〜戦略的見地から」日本国際問題研究所「国問研戦略コメント」:拙稿「ナゴルノ・カラバフ紛争「終結」の構図」『外交』Vol.82, 2023年11/12月号などを参照されたい)。アゼルバイジャン側は、希望者にはアゼルバイジャン人としての安全な生活を保証したものの、当地のアルメニア系住民のほとんどがアルメニアに逃れ、そのことはアルメニアの当面の社会問題になってゆくであろう。また、アルメニアの親欧米路線へのさらなる傾斜によるロシアとの関係の緊張なども発生すると思われるが、戦闘などの動きは当面沈静化すると予測される。

未承認国家という無法地帯

 ここで問題にしたいのは、未承認国家という無法地帯の存在が、当地の混乱や地域の不安定化につながりやすいという点だ。冒頭で述べたロシア・ウクライナ戦争、そしてイスラエルの戦闘も未承認国家と無関係ではない。……

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執筆者プロフィール
廣瀬陽子(ひろせようこ) 慶應義塾大学総合政策学部教授、湘南藤沢メディアセンター所長、KGRI副所長。慶應義塾大学総合政策学部卒業。東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了、同博士課程単位取得退学。政策・メディア博士(慶應義塾大学)。慶應義塾大学総合政策学部講師、東京外国語大学大学院地域文化研究科准教授、静岡県立大学国際関係学部准教授などを経て現職。専門は国際政治、旧ソ連地域研究。2018-20年には国家安全保障局顧問に就任するなど政府の役職も多数。主な著書に、『コーカサス 国際関係の十字路』(集英社新書、第21回「アジア・太平洋賞」特別賞受賞)、『未承認国家と覇権なき世界』(NHK出版)、『ハイブリッド戦争 ロシアの新しい国家戦略』(講談社現代新書)など。
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