
ロシアによるウクライナ侵攻は、ロシアが勢力圏とする旧ソ連諸国(ロシアがいうところの「近い外国」)にも大きな影響を及ぼしている。それはロシアと近い関係であるとされてきたアルメニアにも及んだ。少なくとも、ウクライナ侵攻が始まる前まではロシアが主導するCSTO(集団安全保障条約機構)に加盟しているか否かは、一定の「親露度」を測りうるメルクマールだったが、アルメニアはCSTO加盟国でもある。
今年の5月22日、アルメニアのニコル・パシニャン 首相はアゼルバイジャンと係争中の「ナゴルノ・カラバフ」を条件付きでアゼルバイジャン領と認める用意があると述べた。その条件とは、現地に住むアルメニア系住民の安全の保障であった。そして、同日、パシニャンはCSTOからの脱退可能性も示唆した。これはアルメニアの外交の大きな転換点を予想させるものだ。
地域的立場を高めるアゼルバイジャンとトルコ
さて、ナゴルノ・カラバフとはどのような土地なのか? ソ連時代はアゼルバイジャン内の自治州であり、アルメニア系住民が多数派を占める地であった。ソ連末期、アルメニア系住民の分離独立運動に端を発し、やがてアゼルバイジャン人、アルメニア人の間の民族浄化が始まり、アゼルバイジャン、アルメニアが支援するナゴルノ・カラバフの紛争に発展してしまった。ソ連解体後は、アゼルバイジャンとアルメニアの対立の様相がより深まったが、ロシアがアルメニアを支援したことにより、アルメニア系住民の勝利という形で、1994年に停戦が合意された。以後、アルメニア系住民が、アゼルバイジャン領の約20%に相当するナゴルノ・カラバフおよびその周辺の緩衝地帯を占拠し続けることとなった。
以後、OSCE(欧州安全保障協力機構)ミンスクグループ(共同議長国は米、仏、露)が公的な交渉仲介役を担っていたが、状況の改善は見られず、係争地付近では度々小競り合いが起こり、軍人、民間人共に多くの犠牲も出ていた。また、2016年4月の4日間紛争では、アゼルバイジャンが若干の領土を奪還していた。
そして、2020年9月にいわゆる第二次ナゴルノ・カラバフ戦争が勃発した。アゼルバイジャンはNATO(北大西洋条約機構)加盟国であるトルコの支援を得て、UAV(ドローン)などを効果的に用いて戦争を有利に展開し、11月10日、アゼルバイジャンが全ての緩衝地帯とナゴルノ・カラバフの4割を奪還した状態で停戦となった。なお、この戦争の間、CSTOメンバーのアルメニアは、ロシアに対し、度々参戦を請うたが、ロシアは戦闘が「アゼルバイジャン領に留まっている以上(アルメニア領内に及ばない限り)」参戦しないと主張したとされる。
そして、停戦合意の結果、ナゴルノ・カラバフの平和維持をロシア軍が行い、アゼルバイジャンがアルメニアとナゴルノ・カラバフを結ぶ回廊である「ラチン回廊」を提供する代わりに、アルメニアはアゼルバイジャンと飛地のナヒチェバンを結ぶザンゲズール回廊を提供し、ザンゲズール回廊についてはロシアのFSB(ロシア連邦保安局)が平和維持活動を行うこととなっていた。
なお、結果はアゼルバイジャンとトルコの地域的立場を大いに高めることとなった。中央アジア諸国がこぞってアゼルバイジャンとの関係強化に動き、また、ザンゲズール回廊が開通すれば、トルコは友好国アゼルバイジャンとカスピ海を経て中央アジアと陸続きになることから、トルコの影響力拡大への期待が高まったのだ。
アルメニアがロシアに握られた「最大の弱み」
だが、ナゴルノ・カラバフ周辺ではその後も両国間の小競り合いが続き、最終的な解決が求められていた。そんな中で2022年2月にロシアがウクライナ侵攻を開始し、……

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