「秦剛、李尚福」を切り「蔡奇、何立峰」を操り始めた習近平「恐怖政治」の危うい変質

執筆者:城山英巳 2023年10月20日
タグ: 中国 習近平
エリア: アジア
[「一帯一路」国際協力フォーラムで演説する習近平主席=2023年10月18日、中国・北京の人民大会堂](C)AFP=時事
政敵に「反腐敗闘争」を仕掛ける習近平の恐怖政治は、自らの側近をそのターゲットにし始めたように明らかに変質の兆しを見せている。各部門に突出した指導者を置かず、意のままに操れる人材を据えつつ相互の「忠誠心競争」を煽る構図は、習自身の威光が陰れば党内から批判の目が向けられる。秦剛、李尚福が切られ、蔡奇、何立峰といった古参の重用が目立ち始めた背後では、習近平式権力マネジメントの自壊が始まっていると考えられる。

 中国の秦剛・前外交部長(57)に続き、李尚福国防部長(65)も8月下旬から公の場から忽然と姿を消し、当局の取り調べを受けているもようだ。習近平共産党総書記(国家主席)(70)は、これまで摘発対象を選択し、「反腐敗闘争」で政敵をことごとく打倒してきたが、国務委員(副首相級)を兼務する「対外的な顔」とも言える二人は、習近平自らが引き上げた側近である。

「恐怖政治」で従わせ、上っ面の「忠誠」でつながってきた習近平と側近たち。自分が引き上げた側近が腐敗にまみれ「無能」であることが露呈する中で、党内で自らへの「遠心力」につながることに対する危機感から、側近でも徹底して打倒せざるを得ない状況に追い込まれていることがうかがえる。

「一強」をつくり上げた権力構造に変化をもたらし始めた。

政敵ではなく、自ら引き上げた側近への汚職調査

秦剛氏

 米スタンフォード大学中国経済・制度研究センターの呉国光上級研究員は9月25日、米ボイス・オブ・アメリカ(VOA)に寄稿し、秦剛と李尚福の問題について「習近平は(2022年10月の)第20回共産党大会で既に前例のない形で権力を固め、ほとんど例外なく部下と子分だけのトップチームを結成したにもかかわらず、なぜこのような事態に発展したのか」と問い、こう指摘した。

「秦と李が本当に腐敗で失脚したのであれば、それは、共産党政権の制度そのものが正常に機能し続けるための最低条件を満たせなくなったということでしかなく、このような高官が就任後数カ月で退陣したことは、この制度の崩壊が加速していることを示している」

李尚福氏 [写真:Danial Hakim]

 

 しかし習近平3期目に入り、風向きが変わった。

 7月25日に外交部長解任が発表された秦剛は、部長就任後、わずか2カ月余りで国務委員にも昇格するという「寵愛」を習近平から受けた。しかしそれからわずか3カ月で姿を消した。駐米大使時代に、香港のニュースキャスターとの不倫により婚外子が米国で生まれたことが問題視されている。国家機密が米側に流れた「国家安全」に関わる問題についても調査されているようだ。

 一方、李尚福はロシアからの兵器調達をめぐって米国の制裁対象となり、米国との協議が難しいにもかかわらず、習近平は国防部長に就かせるという強気な人事を断行した。しかしその5カ月後の8月下旬以降、新国防部長の消息が途絶えた。兵器調達を統括する中央軍事委員会装備発展部長時代の軍装備品をめぐる汚職容疑で取り調べを受けているとされる。

 7月31日には、戦略ミサイル部隊「第二砲兵」を陸海空軍と同格にレベルアップさせた「ロケット軍」の李玉超司令官と徐忠波政治委員というツートップが突如、同時交代した。李玉超らは拘束されたとみられる。2015~17年にロケット軍司令官を務めた魏鳳和・前国防部長兼国務委員も、動静が途絶え、元ロケット軍副司令官の呉国華は7月4日、自殺したと伝えられる。ロケット軍の現職や元職の高官が軒並み連行されたとの情報も飛び交う。装備発展部とロケット軍を舞台にした大規模な汚職事件に絡んでいるもようだ。

イエスマンで固めても収まらない不安

 軍を舞台にした反腐敗闘争は習政権に入って断続的に展開されたが、今回は意味合いが大きく異なる。……

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カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
城山英巳(しろやまひでみ) 北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院教授。1969年生まれ。慶應義塾大学文学部卒業後、時事通信社に入社。中国総局(北京)特派員として中国での現地取材は十年に及ぶ。2020年に早稲田大学大学院社会科学研究科博士後期課程修了、博士(社会科学)。2010年に『中国共産党「天皇工作」秘録』(文春新書)でアジア・太平洋賞特別賞、2014年に中国外交文書を使った戦後日中関係に関する調査報道のスクープでボーン・上田記念国際記者賞を受賞。著書に『中国臓器市場』(新潮社)、『中国 消し去られた記録』(白水社)、『マオとミカド』(同)、『天安門ファイル-極秘記録から読み解く日本外交の「失敗」』(中央公論新社)、『日中百年戦争』(文春新書)などがある。
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