《イスラエル・ハマス大規模衝突》「アフガン、イラク泥沼化」の教訓は中東の戦火拡大を防げるか

執筆者:松田拓也 2023年11月10日
エリア: 中東 北米
アメリカの関与や助言がイスラエルの軍事行動に一定程度の影響を与え、戦火の地域全体への拡大を防ぐことができるかが、現状の大きな着目点である[会談するバイデン大統領(左)とネタニヤフ首相(右)=2023年10月18日、イスラエル、テルアビブ](C)EPA=時事
イランとその影響下にあるヒズボラは、現状では積極的な介入の意思は見せていない。紛争拡大を防ぐ鍵はイスラエル自身が握っていると言うべきだが、アメリカは約20年の「対テロ戦争」の苦い教訓をイスラエルに与えることができるだろうか。当事者が緊張拡大を抑止する措置を行ない、戦争の範囲を限定できるか否かが、大国間競合時代における国際政治に大きな影響を与えることは間違いない。

 2023年10月7日、ハマスのテロリストがガザからイスラエル側へと越境攻撃を仕掛け、無辜のイスラエルの市民、及び兵士を残虐に殺害し、200人以上もの人質をガザに拉致した恐ろしい映像は、世界に衝撃を与えた。この前代未聞のテロ攻撃を経て、今後事態がどのように展開するかを予測するのは時期尚早だ。ただし、このテロ攻撃の最悪の結果は、中東の平和と安全保障に広範かつ永続的な影響を及ぼす、地域全体を巻き込んだ戦争である。果たしてどういう状況下で、イスラエルとハマスの戦争が中東地域、そして世界に重大な影響を及ぼすような大規模戦争へと拡大するのだろうか。

 イスラエル国防軍はガザへの苛烈な空爆に加え、本格的な地上侵攻へと新たな段階に進んている。イスラエルのハマスへの報復措置がこの両者間を超えて、中東域内の他の国やアクターを巻き込み地域全体に戦火が飛び火した場合、中東の地政学は大きく変わるであろう。しかし、影響は中東に留まらない可能性もある。イスラエルとサウジアラビアの国交正常化交渉の仲介を含めて、中東において自国に有利な戦略的環境を創出し、同地域への関与の度合いを漸進的に下げながら、西太平洋とヨーロッパでの大国間競合に再び集中する環境を整備してきたジョー・バイデン政権からすると、この戦争が地域全体を巻き込んだものに拡大し、アメリカの長期的な国防戦略に深刻な影響を及ぼすのは一番避けたいシナリオだ。

 そして、そんな最悪のシナリオに至った際、イスラエル・ハマス戦争の帰結は大国間競合の最前線にいる日本のような国にも重大な影響を与え得る。本稿では、どのような状況下でイスラエル・ハマス戦争が地域全体を巻き込んだ戦争へと拡大するのか、そのようなシナリオを防ぐ上で重要な鍵は何なのかを考察する。

ハマスの目的: エスカレーションを通じた現状打破?

 残忍でありながら入念に準備されたテロ攻撃におけるハマスの政治的目的は依然として不明瞭である。多くの論者が指摘するように、イスラエルとサウジの国交正常化交渉の頓挫が彼らの重要な目的のひとつであったことは確かであろう。しかし、このようなテロ攻撃に対してイスラエルが強力な軍事力を背景に大規模な報復行動をとり、これまでの苛烈な空爆によってすでに明らかなように、ガザの人々に大きな犠牲を強いることになるのは予測に難くない。それにもかかわらず、なぜハマスが自身の破滅にさえ繋がる可能性のある攻撃を行なったのか、その理由はいまだに不明である。前代未聞のテロ攻撃を通じて、ハマス憲章に明記されているユダヤ国家の消滅を目指していると見るのは少々大袈裟かもしれないものの、イスラエルの強力な報復措置を誘発することによる戦争のエスカレーションを通じて、根本的な現状打破を目論んでいると捉えることも可能だ。

 イスラエルがハマスを「管理可能な厄介者」として十分対応可能なものと見なし、ハマスが実効支配する「天井のない監獄」とも呼ばれるガザ地区における封鎖と悪化する人道状況が置き去りにされ、それが固定化している現状をハマスは打破したいと考えたのだろう。冷戦終結以降、1993年のオスロ合意を起点として、パレスチナ国家がイスラエルと共存する、いわゆる「二国家解決」が最終的な解決策として想定されてきたが、これは2000年以降暗礁に乗り上げたまま停滞が20年以上続いてきた。ちょうど今年5月にジョージ・ワシントン大学政治学部教授のマーク・リンチをはじめとしたアメリカの著名な中東研究者が連名で主張したように、二国家解決はもはや現実を反映するものではなくなってしまった。

 すでに形骸化していた「二国家解決」であったが、イスラエルとアラブ首長国連邦の間で調印されたアブラハム合意を筆頭に、イスラエルといくつかのアラブ諸国との間の一連の国交正常化と和解の機運の高まりは、この現状を固定化させるものとなった。中東におけるイスラエルの外交的孤立が解消されるにつれ、パレスチナ人の民族自決を認める二国家という枠組みに基づく和平プロセスに再び関与しようというイスラエル側のインセンティブはさらに低下した。このようにハマスにとって受け入れ難い地政学的現状を打破する上で、中東地域全体を巻き込んだ大規模な戦争へと事態を拡大させることが彼らの当面の目標のひとつであっても不思議ではない。現に、ハマスによるテロ攻撃は、イスラエル・パレスチナ紛争を中東の国際政治の最前線に引き戻したのである。

 国家が戦争を仕掛けるのは、機会の窓が閉ざされつつあると判断したときが多い。国際政治学者マイケル・ベックリーのピークパワー論が示すように、そのような立場にある国家は、どんな手段を講じてでも不利な現状を打破、あるいは変革するために戦争を開始する。前述したような中東の地政学的動向は、ハマスがこの機会の窓が閉じつつあることを察知し、これまでは想像もできなかったような思い切った手段を取る決断を促したことを示唆している。現状を大きく変える決定的な攻撃を通じて、イスラエル・パレスチナ紛争を敢えて激化させることを狙ったと考えることもできる。イスラエル・ハマス戦争の範囲を限定することは、前例のない状況下で行なわれるであろうこの戦争にとって、困難ではあるが非常に重要となるだろう。

 それでは、関係する当事者たちは、緊張の激化あるいは緩和について、どのような目的や意図を持っているだろうか。

「影の戦争」:中東のエスカレーション・コントロールはまだ生きているか

 まず、この紛争を激化させ得る主体としてイランが挙げられる。だが、イスラエルとイランは長い間、いわゆる「影の戦争」を続けてきた。国際政治学者のオースティン・カーソンが指摘するように、国家は直接的な軍事衝突や全面戦争を避けるためにしばしば秘密裏に紛争に介入し、自らの直接的関与のみならず、相手国の関与さえもいわば忖度する形で認めず、「影の戦争」を表沙汰にしないよう緊張を抑制する措置をとることがある。

カテゴリ: 政治 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
松田拓也(まつだたくや)
東京大学先端科学技術研究センター特任研究員。専門は安全保障、国際政治、アメリカ外交など。ロンドン大学キングスカレッジ戦争学部より博士号、ジョンズホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)より修士号を取得。慶應義塾大学法学部政治学科卒。ノートルダム国際安全保障研究センターのモーゲンソーフェロー(米)、ジョージワシントン大学安全保障紛争研究センター客員研究員(米)、政策研究大学院大学客員研究員などを経て、2023年10月より現職。
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