ドイツで右翼政党支持率急上昇 難民政策・経済政策への不満が後押し

執筆者:熊谷徹 2023年11月22日
タグ: ドイツ
エリア: ヨーロッパ
ミュンヘンでは今年になって「緑の党よ、くたばれ」というステッカーが貼られるようになった。(筆者撮影)

 独右翼政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の支持率が第2位にまで上昇し、来年の3つの州議会選挙で勝者となる可能性が出てきた。「ナチスの過去との対決」を地道に続けてきたドイツで右翼政党が躍進する理由は、市民の現政権の難民政策・経済政策への強い不満だ。

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約1年半で支持率が10ポイント増加

 ドイツの世論調査機関アレンスバッハ人口動態研究所は、毎月政党支持率に関する世論調査結果を発表している。同研究所が今年10月6日~19日に1010人の市民を対象に行った世論調査によると、AfDの支持率は19%で、キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)の34%に次いで第2位だった。

 AfDの支持率は、去年5月の9%から今年10月までに10ポイントも増えた。逆にオラフ・ショルツ首相率いる社会民主党(SPD)の支持率は、同じ時期に24%から17%に7ポイント下落した。緑の党の支持率も、同時期に20.5%から13%に7.5ポイント減った。連立与党の一党・自由民主党(FDP)への支持率も同時期に8%から5%に下がった。ドイツでは選挙で得票率が5%を割ると、議会に会派として議席を持てなくなるので、FDPは風前の灯火だ。SPD、緑の党、FDPの三党の支持率を合計しても35%にしかならず、過半数には達しない。

 

 AfDの支持率は、特に旧東ドイツで高い。来年9月には旧東ドイツのザクセン州、ブランデンブルク州、テューリンゲン州で州議会選挙が行われるが、AfDはこれらの全ての州で支持率が30%を超えており、トップである。たとえば世論調査機関INSAが8月31日に公表した世論調査結果によると、ザクセン州ではAfDの支持率が35%で首位。第2位のCDUに6ポイントの差をつけている。SPDの支持率は7%、緑の党の支持率は6%にすぎない。

AfDが来年の3つの州議会選挙で勝利か?

 このためドイツの論壇では、「来年9月の3つの州での州議会選挙で、AfDが最も多い得票率を確保して勝利する可能性がある」という見方が出ている。今のところCDUなどの伝統的な政党は、「AfDとは連立しない」という方針を打ち出している。このため、AfDがこれらの州で、議会の議席数の過半数を持たない「少数派政権」を樹立する可能性もある。ドイツの歴史で、右翼政党が州政府の権力を掌握するのは、前代未聞だ。

 AfDはナチス・ドイツの犯罪を矮小化し、イスラム教徒、黒人らを中傷し、排外主義を標榜する。

 テューリンゲン州内務省に属する州憲法擁護庁は、2021年3月、AfDテューリンゲン州支部を「民主主義体制の破壊を目指す極右団体」と認定した。憲法擁護庁は、極右・極左勢力、テロリスト、外国のスパイなどを対象とする捜査機関だ。

 同支部のビョルン・ヘッケ支部長は、ベルリンの中心部にあるホロコースト(ユダヤ人虐殺)の約600万人の犠牲者に対する追悼モニュメントについて「あのような恥ずかしい物を首都の真ん中に設置する国は、ドイツだけだ」と批判するなど、AfDで最も過激な発言を行う政治家だ。

 ヘッケ支部長は、2021年に行った演説の中で「全てをドイツのために(Alles für Deutschland)」という言葉を使ったために、今年5月16日にハレ地方検察庁から国民扇動の罪で起訴された。「全てをドイツのために」という言葉は、1930年代にナチスの突撃隊(SA)が使用したために、ドイツでは今日公共の場で使用することが禁じられている。ドイツでは公の場でナチスのスローガンを使ったり、ナチスのシンボルを見せたりすることは刑事訴追の対象になる。

 検察庁は、「ヘッケ氏はかつて歴史の教師だったので、この言葉がSAのスローガンの一つだったことを知っていたはずだ」と説明している。つまりAfDとは、幹部がネオナチまがいの発言を堂々と行う党なのだ。ヘッケ氏は、2010年にネオナチ団体がドレスデンで行ったデモに参加したこともある。

 ちなみに旧東ドイツのザクセンアンハルト州の憲法擁護庁も、今年11月、同州のAfD支部を「民主主義体制の破壊を目指す極右団体」と位置付けた。憲法擁護庁は、極右団体と認定された組織に対してはスパイを送り込んだり、裁判官の許可を得て電話やメールの盗聴を行ったりすることができる。

 ナチスの犯罪を矮小化する発言を行ったのは、ヘッケ氏だけではない。2018年にAfDの連邦議会院内総務だったアレクサンダー・ガウラント氏も、「ドイツの1000年の歴史の中で、ヒトラーとナチスの時代など、鳥の糞のようなものだ」と述べたことがある。ナチスの犯罪を反省し、「過去との対決」を重視するCDU、SPDや緑の党などの伝統的政党と真っ向から対立する姿勢だ。

AfD党員が初めて地方自治体の首長に就任

ミュンヘンで行われたAfDの政治集会(2015年に筆者撮影)
青いプラカードには「嘘や欺瞞はもうまっぴらだ。今こそ真実を」と書かれている(2015年に筆者撮影)

 AfDは、旧東ドイツの州政府での政権奪取へ向けて、着々と外堀を埋めつつある。今年テューリンゲン州のゾンネベルク郡では、AfDの党員が初めて地方自治体の首長に選ばれた。まず6月11日に行われた選挙では、4人の候補者全員の得票率が過半数に達しなかったために、2週間後に決選投票が行われた。

 6月25日の決選投票では、AfDのロベルト・ゼッセルマン候補が52.8%の得票率を確保し、現職のユルゲン・ケッパー(CDU)氏を下した。ドイツの自治体で初めて、AfDに属する首長が誕生した。また7月2日にも、ザクセンアンハルト州のレグーン・エスニッツで行われた町長選挙で、AfDに属するハンネス・ロート氏が町長に選ばれた。つまり市民がAfD党員を地方自治体のトップに選ぶのは、ゾンネベルク郡に限られた現象ではない。有権者たちは、AfDを過激政党ではなく、他の政党と同じような政党と考えているかのように見える。

 注目すべきことは、AfDの躍進が旧東ドイツに限られた現象ではないということだ。同党は、旧西ドイツでも着実に支持基盤を拡大している。今年10月にバイエルン州で行われた州議会選挙では、AfDは14.6%の得票率を確保して第三党になった。得票率を前回の選挙の10.2%から4.4ポイント増やした。今年10月にヘッセン州で行われた州議会選挙でも、AfDの得票率は前回に比べて5.3ポイント多い18.4%だった。SPD(4.7ポイント減)や緑の党(5ポイント減)を追い抜いて第二党の座にのし上がった。去年10月にニーダーザクセン州で行われた州議会選挙でも、AfDは得票率を4.8ポイント増やした。

難民問題がAfDの追い風に

 AfDの躍進の主な理由は、二つある。それは、難民急増に対する市民の不安・不満の強まり、ショルツ政権の経済政策・環境政策への不満だ。

 連邦移住難民局(BAMF)によると、今年1月から8月にドイツで亡命を申請した外国人の数は22万116人。これは去年の同時期の申請者数(13万2618人)に比べて66%も多い。最も多いのがシリア人(約6万3000人)、2番目に多いのがアフガニスタン人(約3万7000人)、3番目はトルコ人(約3万人)だ。これらの国々では、多くの市民が内戦の後遺症や、政府による迫害、抑圧に苦しんでいる。一見、トルコが3番目というのは意外に思える。だが同国ではクルド人、野党政治家など、エルドアン政権に批判的な市民が治安当局によって厳しく追及されているため、ドイツで政治的亡命を申請する者が急増している。

 問題は、EU(欧州連合)に入った多くの亡命申請者が、まるで磁石に引き寄せられるように、ドイツを目指す点だ。EU統計局によると、今年上半期にEU域内で初めて亡命を申請した外国人の数は51万9000人(前年同期比で28%の増加)だった。この内約30%がドイツで亡命を申請している。2022年にはEU全体で約88万人が亡命を申請したが、その内約22万人がドイツで亡命を申請した。EU加盟国の中で最も多い数だ。EUでの亡命申請者数のほぼ4人に1人がドイツにやって来るのだ。

 なぜドイツは、亡命申請者の間で人気があるのか。この国の亡命申請規定は他の国に比べて寛容であり、到着後の待遇も比較的良い。この国では基本法(憲法)の中で亡命権が保障されている他、亡命が認められた場合に支払われる援助金などの金額が、他の国に比べて多い。長期間にわたって仕事が見つからないと、地方自治体が住宅を斡旋してくれる。生活保護の他に、家賃や健康保険などの社会保険料も国が払ってくれる。

 難民たちはそのことをよく知っているので、イタリアやギリシャからEUに入域しても、結局ドイツへ行って亡命を申請する傾向が強い。ドイツ政府は、外国人が「亡命を希望する」と言った場合、審査する間とりあえずその外国人の滞在を許さなくてはならない。EUではダブリン協定によって、最初に到着した国で亡命を申請しなくてはならないことになっている。だが欧州大陸では、ほとんどの国がシェンゲン協定に基づいて国境検査を廃止しているので、亡命申請者は自由に国から国へと移動できるのだ。

悲鳴を上げる地方自治体

 亡命申請者のために寝泊まりする場所や食事などを用意するのは、地方自治体である。市町村からは、「もうこれ以上亡命申請者を受け入れるのは、不可能だ」という声が強まっている。冬が近づく中、テントや体育館、コンテナで寝起きしている亡命申請者も少なくない。ドイツは、戦火を避けてウクライナから逃げてきた人々約119万人も、受け入れている。これはEUで最も多い数だ。ドイツでは、亡命申請を却下されたにもかかわらず、送還対象でありながらドイツに留まっている外国人の数は約30万人にのぼる。

 ドイツ南部のアウグスブルクに住むドイツ人の年金生活者は、「難民問題の根っこにあるのは、庶民の妬みだ」と言った。彼は、「多くのドイツ人が、家賃が安いアパートを見つけられずに困っている。だが難民たちは、国にアパートを見つけてもらい、家賃まで払ってもらえる。インフレのために、市電やバスの切符の値段もどんどん高くなっている。しかし難民たちは、公共交通機関の切符も国から支給される。このため、人々が難民に対して悪い感情を抱くのだ」と語る。

 2018年の時点ではドイツ人の68.3%が働いていたが、この国への亡命を認められた難民の内働いていたのは27.2%にすぎなかった。ドイツ語の知識なしにこの国で働くのは難しい。しかし難民の中には、働かなくても4人家族で毎月約2800ユーロ(44万8000円・1ユーロ=160円換算)の援助金を国から支給されている人もいる。これは、ドイツの最低賃金で働く市民の毎月の収入約3000ユーロと大して変わらない。援助金が潤沢だと、必死で仕事を見つけようとする意欲も減る。これでは、額に汗して働く庶民が亡命申請者を妬むのも無理はない。

2015年の難民危機がAfDを連邦議会入りさせた

メルケル首相(当時)の超法規措置によって、ミュンヘン中央駅に到着したシリア難民たち(2015年に筆者撮影)

 現在の状況は、2015年の難民危機を思い出させる。アンゲラ・メルケル首相(当時)は、「Wir schaffen das(我々は、やり遂げることができる)」というスローガンの下に、ハンガリーなどで立ち往生していた約100万人のシリア難民たちにドイツで亡命申請することを許した。ダブリン協定を一時的に無効化したこの「超法規措置」は、国内外で強く批判された。市民の間ではイスラム文化圏からの難民の突然の増加について、不安が高まった。メルケル氏の難民政策は、AfDの支持率を大幅に増やし、2017年の連邦議会選挙で同党が初めて議席を獲得することにつながった。難民問題は、AfDにとって追い風になる。

 このためショルツ政権は11月7日に16の州政府首相たちとの協議の結果、亡命申請者への援助金などの削減や国境検査の強化、亡命申請が却下された外国人の国外退去の促進、州政府への難民対策援助金の増額などの対策を発表した。

 政府は難民に現金を支給するのをやめて、商品などを買えるクーポン券に切り替える。外国人が、祖国の家族に送金するためにドイツに来るのを防ぐためだ。外国人のドイツ到着後に亡命申請を審査すると、長い時間がかかるので、ショルツ政権は各国と協議して、外国人が欧州に到着する前に、域外で亡命申請を審査する制度が可能かどうかについて検討することも約束した。亡命申請者は、原則としてドイツ到着後最初の3カ月間~9カ月間は労働を禁止されているが、今後は法律を改正して、労働を奨励する。

 しかしCDUのフリードリヒ・メルツ党首は、「政府の措置は不十分だ」と厳しく非難。AfDのアリス・ヴァイデル共同党首も、「これらの措置では、今ドイツが目指している亡命申請者数の大幅な削減を実現することはできない。亡命申請制度を根本的に変えることが不可欠だ」と発言した。AfDは、憲法で保障されている亡命権の廃止を要求している。緑の党などのリベラル勢力は、亡命権の廃止に反対している。緑の党は、亡命申請者の権利の急激な制約については、批判的だ。このことが、市民の間で緑の党への支持が減る一因となっている。

経済・環境政策に対する不満

 ショルツ政権の人気が落ち込んでいるもう一つの理由は、景気の停滞だ。連邦統計局は10月30日に、「今年第3四半期の国内総生産(GDP)が第2四半期に比べて0.1%、前年同期に比べて0.8%減った」と発表した。国際通貨基金は、ドイツの今年のGDP成長率をマイナス0.5%と予測。G7、ユーロ圏主要国でマイナス成長が見込まれているのはドイツだけだ。

 最大の原因は、インフレによる国内消費の冷え込みだ。ロシアのウクライナ侵攻が引き起こした価格高騰のために、市民の財布の紐が固くなっている。連邦統計局によると今年の第2四半期の国内消費は、前年同期に比べて1.2%減った。消費者物価上昇率は、今年10月には3.8%まで下がったものの、去年のドイツのインフレ率(6.9%)は、石油危機が起きた1973年以来最悪の水準だった。この体験は、消費者の骨身にしみている。ロシア・ウクライナ戦争と、イスラエル対ハマスの戦争というダブル・クライシスも、消費者心理に暗い影を落とすだろう。

 ドイツ経済のあちこちに、警戒信号が点滅している。ミュンヘンの知人は「以前は活況を呈していたミュンヘンの不動産市場でも、動きが止まった。住宅を買おうという人が見あたらない」と語った。連邦統計局によると去年上半期には、18万5800件の住宅建設申請が許可されたが、今年上半期には約27%少ない13万5200件になった。ベルリンでは、今年上半期の分譲アパートの売上高が、前年同期比で43%も減った。ECB(欧州中央銀行)がインフレを抑制するために、10回にわたる政策金利の引き上げを行った結果、住宅ローンの金利も上昇し、アパート購入をあきらめる人が増えた。原材料価格の高騰、人手不足による労賃の上昇も、不動産市場に逆風となった。

 エネルギー価格の高騰、融資の調達困難などにより、白旗を掲げる企業も増えている。連邦統計局によると、今年上半期の企業倒産件数は8571件で、去年の上半期に比べて20.5%増加した。今年8月には製造業界の生産高が前年同期比で2%減った他、輸出額が前年同期比で5.8%、輸入が16.8%減っている。ドイツが大きく依存する中国経済の不振も影響している。約260万人が完全失業者として国の援助金で暮らす一方、IT、機械製造、再エネなど経済界が欲する技能を持った働き手は約40万人も不足している。

 三党連立政権の足並みは乱れている。特に緑の党と、企業寄りのFDPの意見が割れている。典型的なのが、債務ブレーキをめぐる議論だ。連邦政府は基本法(憲法)によって、GDPの0.35%を超える財政赤字を禁じられている。だが2020年~2023年には、コロナ・パンデミックとロシア・ウクライナ戦争という異常事態を理由に、債務ブレーキの適用が免除された。連邦政府は国債発行によって、ロックダウン中の企業支援や、倒産の危機に陥った電力会社の国有化、連邦軍の装備の改善・増強などを行った。だがFDPのクリスティアン・リントナー党首(財務大臣)は、「我々は来年から財政規律を強化しなくてはならない」として、2024年から債務ブレーキを復活させる方針だ。同氏によると、政府の利払い額は2021年の40億ユーロから、2023年には10倍の400億ユーロに達している。

 つまり政府は景気後退から脱却するために、大規模な財政出動を行いたくても、債務ブレーキによって手を縛られる。2020年以来行ってきた「大盤振る舞い」は、もうできない。

 市民の間では、「ショルツ政権の景気対策は不十分」という批判が強まっており、このこともSPDや緑の党への支持率を引き下げている。

暖房改革で緑の党への反発が強まった

 去年秋から今年の夏にかけて、ショルツ政権、特に緑の党への信頼感を失墜させたのが、暖房改革をめぐる論議だ。

 緑の党に属する、経済気候保護省のロベルト・ハーベック大臣が提案していた、暖房の脱炭素化のための法案は、世論の強い反対によって大幅に後退させられた。問題の法案は、建物(暖房)からの二酸化炭素排出量を減らすための、「建物エネルギー法(GEG)」改正案である。ハーベック大臣は元々この法律によって、「2024年1月1日以降、全ての建物に暖房設備を新しく設置する場合、エネルギー源の少なくとも65%が再エネである暖房設備以外は禁止する」という方針を打ち出した。ドイツの家庭で使われている暖房設備の約7割は、天然ガスか石油を使っている。緑の党は、この法案によって再エネ電力を使うヒート・ポンプの普及を目指した。

 だが法案には、野党や市民から反対の声が高まった。CDUは、今年4月19日、「GEG改正法案は、全ての市民に暖房器具の変更を事実上強制する。この法案には、達成不可能な様々な要求が含まれており、家屋やアパートの所有者、テナントに多額の出費が生じる」という声明を発表し、ハーベック大臣の路線を強く批判した。

 このためハーベック大臣は、法案の内容を大幅に緩和した。来年1月1日から化石燃料を使う暖房器具の新設が禁止されるのは、新興住宅地の新築の建物だけに限定された。それ以外の地域については、天然ガスや灯油の暖房設備の新設禁止は、約4年延期された。低所得層への助成策も大幅に強化し、暖房設備の交換費用の最高70%まで政府に負担させることができるようになった。

 だが緑の党については、市民の間で「我々の懐具合に配慮せずに環境保護を優先し、何でも禁止しようとする政党」という悪いイメージが強まった。ミュンヘンでは以前AfDのような政党や極右勢力を批判する「FCK Nazis(ナチスよ、くたばれ)」というステッカーが建物の壁などに貼られているのをよく見たが、最近では「FCK Grüne(緑の党よ、くたばれ)」というステッカーを見るようになった。時代の変化を感じる。

 ドイツの庶民は、コロナ・パンデミックやロシア・ウクライナ戦争、それに続くインフレによって様々な制約を受けてきた。現在は環境保護のための制約が増えている。たとえばEUは2035年以降ディーゼルエンジンやガソリンエンジンを使う新車の販売を原則として禁止する。緑の党の党員の間には、「家畜から放出されるメタンガスは温室効果ガスの一種なので、肉の消費量を減らした方が、地球温暖化の抑制につながる」と主張する者もいる。庶民の間では、「EUや緑の党は、環境保護の錦の御旗の下に、暖房、交通、食生活など個人の領域に介入してくる」という反感を抱く者が増えているのだ。

ユダヤ人の間で強まる不安感

 さてドイツは、「自国の歴史の恥部」と批判的に対決する「過去との対決」の優等国と見られてきた。この国の政府と社会は、ナチスが約600万人のユダヤ人を殺害した犯罪を深く反省し、歴史教育、虐殺関与者に対する刑事訴追、迫害を受けた人々への補償金の支払い、ナチス・ドイツの犯罪に関する啓蒙などの努力を続けてきた。それにもかかわらず、今AfDのような過激政党に多くの人の票が集まっているのは、不可解である。

 多くの有権者は、AfDが伝統的な政党よりも優れた政策を持っているという理由で、同党を選ぶわけではない。むしろ彼らはショルツ政権に対する不満感を表現するために、ネオナチまがいの政党に票を入れるのだ。つまり一種の抗議票だ。

 仮に抗議票であっても、ドイツのユダヤ人の間では、AfDの躍進について不安感が強まっている。1933年にナチス・ドイツも選挙という議会制民主主義のプロセスを踏んで権力を奪取したからだ。ドイツ・ユダヤ人中央評議会のヨゼフ・シュスター会長は、AfDの党員がテューリンゲン州で初めて郡長に選ばれたことを、「ダムの決壊」と呼んだ。

 シュスター氏は、「AfDの全ての党員が極右思想を持っているわけではない。しかしAfDテューリンゲン州支部は、同州の憲法擁護庁から極右勢力と位置付けられている。それにもかかわらず、多くの有権者がこの党の候補者を郡長に選んだことは、私に強い不安を与える。民主勢力は、AfDのゾンネベルク郡での勝利を、傍観していてはならない」と警告した。

 ミュンヘン・南部バイエルン・ユダヤ人協会のシャルロッテ・クノープロッホ会長は、今年91歳。ナチスのホロコーストの生き残りだ。叔父の家政婦がかくまってくれたために、ナチスの強制収容所へ送られずに済んだ。第二次世界大戦後は、ドイツ・ユダヤ人中央評議会の会長を務めた他、世界ユダヤ人会議(WJC)や欧州ユダヤ人会議(EJC)の副会長も務めた。

 クノープロッホ氏は、ゾンネベルクでのAfDの勝利について、「この郡でAfDに票を投じた有権者たちは、民主主義に反対するという危険な決定を行った。ドイツに住むユダヤ人たちが危険に曝されていることは、疑いようがない。ドイツの民主主義を支える柱の1本が、また壊された」と厳しい言葉で批判した。

ドイツ社会に漂う沈鬱な静けさ

 ドイツ在住のユダヤ人作家ミヒャエル・フリードマンは、「ゾンネベルクでの選挙結果は、AfDがもはや一時的な現象ではなく、ドイツの政治構造の一部になっていることを示している。我々はAfDと真剣に戦わなくてはならない」と指摘。さらに「もしもAfDが将来ドイツ政府に参加した場合、私はドイツを去って他の国へ移住する」と付け加えた。現在ドイツで反ユダヤ主義が強まる中、ナチス・ドイツの犯罪を矮小化する政党の支持率が高まることは、ユダヤ人たちの不安を増幅する。

 私はドイツにまだ33年間しか住んでいない。それでも社会の変化を感じる。私がドイツ銀行の研修生として、この国を初めて訪れたのは1980年である。当時もドイツにネオナチ政党はあった。しかし当時「自分はネオナチ政党に投票する」と公に言えないような空気があった。ところが現在では、AfDに投票することをやましく思わない人が増えた。右翼政党を受け入れる土壌が、ドイツでじわじわと広がっているのだ。

 AfDはイスラエル対ハマスの戦争について、まだ政党として公式なコメントを出していない。一つ確かなことは、将来停戦が実現し、「ガザで住居を失ったパレスチナ人を欧州諸国が難民として受け入れるべきかどうか」という議論が始まった時、AfDは受け入れに強く反対するということだ。

 私が不気味に思うのは、ドイツ社会の静けさだ。この国ではAfD党員が初めて郡長に就任したり、世論調査で第2位になったりしても、リベラル勢力の大規模な抗議デモが行われない。ハマスとの戦争が起こる前に、イスラエルでベンヤミン・ネタニヤフ首相の「司法改革」の試みに抗議するために、約10万~15万人が参加するデモが行われていたのと対照的である。イスラエルでは多くの市民が、三権分立を弱める司法改革に対して明確に抗議の意思を表明していた。多くのリベラル派の市民は、「司法改革が実施されたら、イスラエルがイスラエルでなくなってしまう」という強い危惧を持っていた。

 だがドイツでは、AfD躍進に抗議する大規模なデモが最近行われていない。ドイツのメディアも、AfDについて深掘りした報道、批判的な報道を行わない。AfDの台頭を防ぐための有効な処方箋を誰も提示していない。「どうせAfDの躍進を防ぐことはできない」というあきらめにも似た、沈鬱な静けさが社会に漂っている。このことは、外国人である私には大変気になる。AfDの批判の矛先がアジア人にまだ向いていないと言っても、そのことは慰めとはならない。

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
熊谷徹(くまがいとおる) 1959(昭和34)年東京都生まれ。ドイツ在住。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン特派員を経て1990年、フリーに。以来ドイツから欧州の政治、経済、安全保障問題を中心に取材を行う。『イスラエルがすごい マネーを呼ぶイノベーション大国』(新潮新書)、『ドイツ人はなぜ年290万円でも生活が「豊か」なのか』(青春出版社)など著書多数。近著に『欧州分裂クライシス ポピュリズム革命はどこへ向かうか 』(NHK出版新書)、『パンデミックが露わにした「国のかたち」 欧州コロナ150日間の攻防』 (NHK出版新書)、『ドイツ人はなぜ、毎日出社しなくても世界一成果を出せるのか 』(SB新書)がある。
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