難民危機「第3波」到来でドイツに高まる「反移民」の世論

執筆者:三好範英 2023年10月17日
タグ: ドイツ
反移民を掲げ、国民の不安を背景に支持を伸ばす右派ポピュリズム政党「ドイツのための選択肢」(AfD)は、10月8日投開票のバイエルン、ヘッセン両州の州議会選挙でも躍進した[AfDのティノ・クルパラ共同代表](C)EPA=時事
90年代のバルカン紛争にともなう難民流入を第1波、2015年の難民危機を第2波とすれば、ドイツは目下、押し寄せる越境者の第3波に見舞われている。皺寄せを受ける地方自治体の要望や不満を募らせる国民の声に押され、左派のショルツ政権も不法移民対策の厳格化を打ち出さざるを得ない。EU全体でもこの問題での足並みの乱れが大きな課題に浮上している。
 

 地中海に浮かぶイタリアのランペドゥーサ島に、今年になって正規の入国手続きを経ない多数の越境者(不法移民)が対岸のチュニジアから船で漂着し、大きな問題となっていることは、日本でも大きく報道されている。その陰に隠れているが、ドイツでも、越境者の増大が深刻な問題となっており、統一直後の1990年代初め、2015年の難民危機に次ぐ、越境者流入の第3波に直面している。左派主導のオラフ・ショルツ政権も、越境者の流入制限、難民不認定者の送還促進にかじを切った。

EU圏を目指す最大1500万人の難民予備軍

 越境者流入の第1波は、冷戦崩壊後激化したバルカン紛争から逃れてきた人々で、1992年の難民申請者数は43万8191人にのぼった。

 第2波はシリア紛争などを背景にシリア、イラク、アフガニスタンなどからで、当時のアンゲラ・メルケル首相の難民受け入れ政策もあって、難民申請者数は2016年、74万5545人に達した。

 その後、ドイツに流入する越境者は減少していたが、2021年以降増加に転じた。2023年1~8月の不法移民の数は7万4701人で、昨年同期(4万4961人)の1.7倍、一昨年同期(2万8893人)の2.6倍。難民認定申請をした人も22万116人と、昨年同期比1.7倍まで急増した。

 今の傾向が続けば、第2波ほどではないにせよ、第1波と同程度の越境者の波が押し寄せることは確実だ。

 ドイツの場合、不法移民の多くは、いわゆるバルカンルートを経由する越境者だが、この数年の特徴として、オーストリア経由ではなく、ポーランド経由の越境者が増えていることがある。オーストリアとドイツ国境には、難民危機を受けて2015年から検問所が設けられているため、ドイツとの国境に検問所を設置していないポーランドを目指すようになった。

 それに加え、ロシア、ベラルーシを経てポーランドに不法入国し、さらにドイツに至るルートができている。

 ドイツ公共放送ARDによると、中東、北アフリカなどからの不法移民の多くがロシアやベラルーシのビザを持っていることから、トルコ、イラン、UAE(アラブ首長国連邦)から飛行機などで合法的にロシア、ベラルーシに入国し、その後、密航業者の手引きを受けながら、陸路でポーランド、そしてドイツに流入していると見られる。今やポーランドからの不法移民の半数を占めると言う。

 2021年秋、ベラルーシからポーランド入りを目指す越境者と、それを阻止しようとするポーランド軍が国境で衝突を繰り返したが、当時と同様、ロシアやベラルーシがEU(欧州連合)の混乱を狙い、不法移民を政治的武器として送り込んでいるものと見られる。

 ただ、EU圏への越境者流入は、長期的な問題だ。中東、アフリカの人口急増と、それにともなう若年層の失業問題があり、クーデターなどの政情不安が拍車をかけている。気候変動も要因に数えられるかもしれない。

 こうした、いわば難民予備軍は1500万人に及ぶという見方もある。EUへの流入圧力は、今後も続くと見なければならない。 

苦境に立つ地方自治体からの突き上げ

 こうした流入の皺寄せを最も受けているのは、越境者を割り当てられ、収容施設、語学研修、子供の教育の場を提供しなければならない地方自治体である。2022年2月以来、ロシアによるウクライナ侵略を逃れたウクライナ難民115万人も、一定期間は自治体が面倒を見なければならない。

 2023年9月6日の公共放送ARDのニュースで、ノルトライン・ヴェストファーレン州ケーヴェラーという町をルポルタージュしていた。人口2万8000人の同町は今年すでに、昨年1年間と同じ数の220人を受け入れ、町の体育館などを収容施設として提供しているが、「このままでは学校の体育館も収容施設にしなければならない」と顔を曇らせる市長の様子が報じられていた。

 ドイツ世論の越境者流入への懸念、政府の政策に対する評価は厳しくなっている。9月28日にARDが放送した世論調査結果によると、移民がドイツにとって利益か損失か、との問いに対しては、27%が利益、64%が損失と答え、それぞれ前回5月の調査に比べ6ポイント減、10ポイント増となっている。世論がこの4カ月間で厳しくなっていることが窺われる。

 さらに、政府の難民政策について、「大変うまくいっている」もしくは「うまくいっている」との回答は、難民不認定者の送還について合わせてわずか9%、移民の労働市場への統合(Integration)についても14%に止まっている。

 また、正しいと思う難民政策に関しては、国境管理の強化が82%、(難民流出の取り締まりなどを定めた)アフリカ諸国との難民協定締結が77%などとなっている。

 2015年の難民危機の際にドイツ世論を覆った、越境者を温かく迎え入れようとの「歓迎文化」(ドイツ語でWillkommenkultur)は過去のものとなった。

 地方自治体の苦境を受けて、ドイツ全16州からなる州首相会議は国に対して、収容施設、支援、統合のための援助金の増額や、不法移民流入の縮小、送還の促進などを繰り返し要望してきた。世論の変化に直面し、社会民主党(SPD)、緑の党、自由民主党(FDP)の3党連立による現ショルツ政権も、左派主導の政権ではあるが、厳しい不法移民対策を打ち出さざるを得なくなった。

「送還の促進」に加え「流入制限」も強化

 2021年12月に発足したショルツ政権は、越境者流入の増大を受けて、3党の連立協定に、「不法移民を削減し、正規移民を可能にする」ことを基本方針として掲げた。

 連立協定では、難民該当性がある人の就労を促進したり、難民該当性がなくても、ドイツ社会によく統合されている外国人には滞在許可を与えたりする、いわばアメの政策の一方で、不法残留者の送還の促進、「とりわけ犯罪歴のある人、危険人物については送還攻勢を開始する」と、いわばムチの政策もうたっている。

 送還対象でありながらドイツに在留している者は約30万人に達する。そのうち、健康状態、書類不備、家族との関係などで在留を「受忍」(ドイツ語でDuldung)されている者が約25万人を占める。受忍は在留資格ではなく、本来は出国しなければならない状態だが、13万6605人が5年以上在留(2021年末)している。それに加え、実態を把握できない不法残留者もかなりの数に達するものとみられる。

 国民世論に最も影響を与えるのは、送還を実施していれば起こらなかっただろうテロや凶悪事件である。

 2016年12月19日、ベルリンのクリスマス市にトラックが突っ込み、12人が死亡するテロ事件があった。トラックを運転していたチュニジア人は、難民不認定者だった。2023年1月25日には列車内で、19歳の青年と17歳の少女が、パレスチナ人の送還対象者に刺殺される事件も起きた。この33歳の男は、傷害事件で収監された刑務所から出所してきたばかりだった。

 連立協定を基に2022年12月31日から施行された「移民パッケージ1」では、難民認定手続きの迅速化や、受忍されている外国人に在留のチャンスを与えるなどの政策を実施したが、ナンシー・フェーザ―内相が2023年8月1日に発表した、「移民パッケージ2」のたたき台である12項目の提案は、いよいよ送還の促進に焦点を当てた。

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カテゴリ: 政治 社会
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執筆者プロフィール
三好範英(みよしのりひで) 1959年東京都生まれ。ジャーナリスト。東京大学教養学部相関社会科学分科卒業後、1982年読売新聞社入社。バンコク、プノンペン特派員、ベルリン特派員、編集委員を歴任。著書に『本音化するヨーロッパ 裏切られた統合の理想』(幻冬舎新書)、『メルケルと右傾化するドイツ』(光文社新書)、『ドイツリスク 「夢見る政治」が引き起こす混乱』(光文社新書、第25回山本七平賞特別賞を受賞)など。
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