ドイツの次期メルツ政権に影を落とす難題「AfDを極右と決めつけることができるのか」

執筆者:三好範英 2025年4月23日
タグ: ドイツ
エリア: ヨーロッパ
2025年04月09日(C)EPA=時事
メルツCDU党首の首相就任が確実視されるドイツの次期連立政権は、外にはトランプ政権、内にはAfDという難題を抱えている。ヨーロッパの安全保障に冷淡な米国に対する戦略的自律は、フランスの核による拡大抑止に懐疑的なドイツにとって現実の選択肢とするのは難しい。躍進したAfDは“極右政党”とされることが多いものの、その支持者の多くは元CDU支持者でもある。既成政党はAfDとの協力をあくまでも拒否しているが、現実には一定程度の協力関係はやむをえないとする考え方も、旧東ドイツ地域を中心に次第に広がっているようだ。

 今年(2025年)2月23日のドイツ総選挙を受けて、中道保守のキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)と中道左派の社会民主党(SPD)の間で行われていた連立協定がまとまり、新首相にフリードリヒ・メルツCDU党首(69歳)が就くことがほぼ確実となった。新政権は多難が予想されるが、早々に直面することになる、特に対処の難しい二つの「相手」について、ベルリンでの選挙取材の結果も交えて考えたい。

 一つ目は、ドナルド・トランプ米政権であり、その外交・安全保障政策に対してどのように対応するか、という問題。二つ目は、今選挙で躍進した右派ポピュリズム政党「ドイツのための選択肢(AfD)」であり、協力をあくまでも拒否すべきか、あるいは取り込みに転換するべきか、という問題である。

米国つなぎ止めのための軍拡

 第1次政権でトランプ大統領は、「米国第一主義」を掲げ、「北大西洋条約機構(NATO)は時代遅れ」などと、ヨーロッパ安全保障への関与を軽視する発言を繰り返した。ヨーロッパでは、米国に依存しない道を探る「戦略的自律」の議論が起こった。続くジョー・バイデン政権で米欧は本来の同盟関係に戻ったものの、第2次トランプ政権の政策に対し、ヨーロッパはより切羽詰まった形で対応を迫られている。

 トランプ政権1次と2次の最大の条件の違いは、ウクライナでロシアの侵略戦争が継続していることだ。ウクライナの継戦能力は、米国の軍事支援によって支えられている。それがなくなればウクライナは敗北し、ロシアの影響圏に入ることは目に見えている。ヨーロッパに対する脅威の度合いは格段に高まる。

 とりわけ2月28日のウクライナのヴォロディミル・ゼレンスキー大統領とトランプ大統領との会談決裂は、ヨーロッパとしてもウクライナの防衛を強力に支える体制作りが急務であることを、改めて痛感させた。

 矢継ぎ早に首脳会議が開かれたが、3月27日にパリで開かれた「有志連合」の首脳会議では、停戦後に軍部隊を派遣し、「戦略的な拠点」に配置する構想が検討された。

「有志連合」を主導しているのは、フランスと、欧州連合(EU)をすでに離脱している英国だ。2014年のロシアのクリミア侵略や東部ウクライナへの軍事介入の際は、当時のドイツのアンゲラ・メルケル首相と、フランスのフランソワ・オランド大統領が積極的な仲介外交を行い、「ミンスク合意」を導いたが、今回はドイツの存在感は薄い。

 その理由の一つはドイツの政治混乱である。連立与党間の対立から昨年11月6日、オラフ・ショルツ政権は崩壊した。今回の前倒し総選挙を経て、新首相選出は5月初めになりそうで、約半年間、外交リーダーシップの発揮は難しい。

 ただ、根本的には、第2次世界大戦後のドイツの安全保障の基軸はNATOであり、米国抜きのヨーロッパの安全保障体制には、完全には与しがたい事情がある。ドイツは今もなお、フランスとの本格的な安保協力強化が米国の関与を遠ざけることを心配しているのである。

 NATOへの依存の理由には、第2次世界大戦後、多国間組織に入ることによって国際社会に復帰できた西ドイツの歴史的体験があり、現実問題としてヨーロッパの安全保障を支えているのは、NATOを通じた米国の軍事力だからである。ドイツには、ポーランドやバルト3国ほどではないにせよ、フランスよりは強くロシアへの警戒感もある。

 3月に来日したドイツ外務省幹部は、日本メディアを対象にした懇談の中で、「規範に基づいた国際秩序、リベラルな貿易秩序の維持について、米国、日本、ヨーロッパは責任を持っている。トランプ政権が同盟国を尊重しないのは問題だ」と危機感を表明した。

 同時に、「新首相になることが予想されるメルツ氏については、経済界で経験もあるし、性格的にはメルケル氏、ショルツ氏に比べてトランプ氏と波長は合うのではないか。またメルツ氏は(独米の友好団体「大西洋の橋」会長を務め)大西洋同盟(米欧同盟)の重要性について、よく知っている。大西洋同盟に亀裂が走らないように最大限努力するだろう。米国務省との官僚レベルの接触を強化している」と述べ、米国のNATOへのつなぎ止めに希望を持っていることをうかがわせた。

 合意に至った連立協定にも「対米関係は抜きんでた重要性を持つ。大西洋関係は新しい状況においても前進させねばならない」と明記している。

 トランプ氏は、4月2日、強硬な関税政策を発表し、世界経済を混乱に陥れたが、安全保障面では、マルコ・ルビオ国務長官が4月3日のNATO外相会議で、加盟国に国防費を対GDP比5%に引き上げるように求めたものの、「米国はNATOにとどまる。トランプ氏もNATOを支持すると明言している」と発言した。

 ヨーロッパの大方の国はこの発言に安堵するととともに、財源確保が難しい問題であるものの、ロシアの脅威に備えて軍備増強をする方針だ。ドイツも3月、上下両院が財政規律を緩和する憲法改正案を可決し、軍備増強のための支出拡大に道を開いた。

 ただ、この軍備増強は、ドイツにとっては当面、戦略的自律を高めるよりもむしろ、米国の要求に沿って責任を分担する姿勢を示すことによって、米国の関与をつなぎとめることが主な目的となるだろう。

仏の「核の傘」に依存できない

 NATOはヨーロッパに駐留する6万人以上の米軍が大きな役割を果たすが、究極的な安全保障を主に米国の核戦力により支えられた「核同盟」でもあり、フランスを除いた加盟国による協議機関「核計画グループ」が、加盟国の核政策を調整してきた。

カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
三好範英(みよしのりひで) 1959年東京都生まれ。ジャーナリスト。東京大学教養学部相関社会科学分科卒業後、1982年読売新聞社入社。バンコク、プノンペン特派員、ベルリン特派員、編集委員を歴任。著書に『本音化するヨーロッパ 裏切られた統合の理想』(幻冬舎新書)、『メルケルと右傾化するドイツ』(光文社新書)、『ドイツリスク 「夢見る政治」が引き起こす混乱』(光文社新書、第25回山本七平賞特別賞を受賞)など。最新刊に『移民リスク』(新潮新書)。
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