ポーランド・ベラルーシ国境 白銀の森に「凍結」された移民危機

執筆者:村山祐介 2021年12月27日
カテゴリ: 政治 社会
エリア: ヨーロッパ

 

 ポーランドとベラルーシの国境にまたがる森で立ち往生する移民が後を絶たない。なぜ今回の「移民危機」が始まり、現地で何が起きているのか、ジャーナリストの村山祐介氏がレポートする。

 ベラルーシから欧州連合(EU)側に大勢の移民が押し寄せる「移民危機」が始まってほぼ半年が経った。冬の到来とともに移民の新たな流入や大規模な衝突は収まったものの、雪に覆われた森の奥からのSOSは今なお続く。隣国ウクライナ情勢の緊張とも絡んで、「凍結」された危機がどう解決するかの道筋は見えていない。

スマホに届く移民の通知

「シリアとイエメン、イラクの難民グループが18~19時ごろナレウカで保護を求めます」(21日)

 私のスマートフォンには今もポーランド側に密入国した移民の消息についての通知が届く。送ってくるのは、移民の支援に当たる地元ボランティアグループだ。彼らは水や食料、防寒具を手に、森の中から発信されたGPSの位置情報を頼りに、救助を待つ移民の元に駆けつけている。

 だが、密入国である以上、最後は国境警備隊に引き渡さなければならない。メディアに声をかけるのは、警備隊が安易に移民をベラルーシ側に押し返してしまわないよう、移民たちが難民認定の意思を訴える場面を記録・報道してもらうのが狙いだ。

 10月下旬から約1カ月半ポーランドで取材していた私は、こうしたボランティアの呼びかけに応じて何度も深夜の森に入った。

森の光景が一変した12月1日

国境周辺の森はすでに雪で覆われているが、いまなお保護を求める移民は後を絶たない=12月1日、ポーランド東部ハイヌフカ郊外(撮影:村山祐介撮影)

 

 午前8時、マイナス2度。ベラルーシ国境から約20キロの町ハイヌフカは白銀の世界になっていた。前夜からの雪で覆われたレンタカーのフロントガラスは氷結し、ワイパーは役に立たない。ガラスに沸かしたお湯をかけて、やっと視界が晴れた。

 日中の取材を終えて宿に戻った午後5時すぎ、SNSアプリの通知音が鳴った。

「シリア人3人が午後7~9時ごろ、シュジャウォボで難民認定を訴えます。取材希望のメディアはテキストメッセージをください」

 集合場所に指定されたのは、約80キロ離れた国境近くの村の駐車場。宿から車で移動し、集まった他のメディアと9台で車列を組んで出発したときには午後10時すぎになっていた。重みのある雪が舞い、温度計は摂氏0度を指している。針葉樹に囲まれた真っ暗な狭い雪道を約10分、国境方向に走ったところで車列は止まった。

 車外に出ると、張り詰めた冷気を吸い込んだ鼻の奥がツンと痛むのを感じた。すぐに道路下から、ボランティアの女性に続いて、飛行帽や迷彩柄の分厚い防寒着をまとったシリア人男性3人が登ってきた。ビデオライトに目をしばたたかせながら、先頭の男性が「ハロー」と緊張した面持ちで左手を挙げた。

「来てくださってありがとうございます。私たち3人はシリアから来た移民です」

 教師のアリ(32)が流暢な英語で語り出し、大雪が降る深夜の森で40分にわたる記者会見が始まった。

金品を奪われ服を燃やされた

雪降る森の中で保護を求める3人のシリア人 (撮影:村山祐介)
 

 アリはレバノンから空路でベラルーシの首都ミンスクに入り、そこで会社員のニダル(25)と知り合った。ポーランドとの国境で裁判官ハッサン(41)とも出会い、3人で一緒に行動するようになった。

 森に入ってすでに20日間ほど。アリは「正確には覚えていません。こんな状況だったので、時間の感覚はなくなりました」と白い息を吐きながら言った。

 ベラルーシ側からフェンスを越えて、両国国境の緩衝地帯に足を踏み入れてから状況は急変した。ベラルーシ治安当局の管理下に置かれ、ベラルーシ側に戻ることは許されず、集団に組み込まれてポーランドへの越境を何度も迫られた。

「食べ物も水もないひどい状況で、川や沼に入って靴下や服が濡れたまま凍える夜を過ごすとは思ってもいませんでした。もらった水も不衛生で、ほとんどの人が下痢になりました。生き延びられたのは運が良かっただけです」

 夜になると、ベラルーシの当局者がポーランド側フェンスを切断し、「行け」と命じられた。だがすぐに見つかって、ポーランド側から緩衝地帯に押し返されてしまう。その際にスマホのSIMカードを壊されたこともあったという。

 こうした国境の行き来を4回繰り返した。

 食料が尽き、緩衝地帯をベラルーシ側に逃げ出そうとしたが、当局者に見つかって金品を奪われて服は燃やされ、最後にこう告げられた。

「ベラルーシへの越境はできない。ポーランドに行かなければならない」

 足蹴にされたり、犬で森に追いやられたり。「電気銃も使われた」とニダル。ハッサンは「石を持って行ってポーランド兵に投げろと命じられた」と証言した。

母国で死ぬか、ここで死ぬか

 約30人の集団で越境を命じられた5回目にようやく、ポーランド側の監視をすり抜けて3人で森に逃げ込むことができた。だが、スマホがなく、どこにいるのかもわからない。誰かが残したテントやビスケットを運よく見つけてしのぎ、人里にたどり着いて助けを求めた。

 アリは何度もすがるような言葉を並べた。

「ポーランドでの難民認定を希望しています。もう国境の緩衝地帯で立ち往生したくありません。また押し戻されたら、本当に危険な状況に陥ります。すべて失ってしまい、次も生き延びられるとは思えません。安全なところにいたいだけなんです」

 母国シリアは内戦が続く。

「戦争で誘拐や殺人もある悲惨な状況です。私たちはほかの人たちと同じように安全な場所で暮らしたいんです」

 国境での過酷な体験を語っていたアリだが、「冬にこのルートをたどろうとする人にどう伝えたいか」と尋ねられると、「なんて言ったらいいのかわかりません」と戸惑いを見せた。

「生きるか死ぬかの境遇にいる人たちに、来るなとは言えません。それはきっと、そこ(母国)で死ぬのか、ここで死ぬのかということだからです。選択肢がないんです。私たちはもう失うものがないので、リスクをとることを選びました。でも、こんなに過酷だとは思っていませんでした」

 ぼたん雪が斜めに吹きつけてきた午後11時半、迷彩服姿の国境警備隊員約十人が到着した。3人は「ポーランドに難民申請を求める」と手書きした紙を手に、ほろ付きの軍用トラックの荷台に乗り込んで森を後にした。

 こんな氷点下の森でどうやって生き延びてきたのか。集団での取材で細部を深掘りできないもどかしさも残った。

 その疑問の一つが、軍用品にも見える本格的な防寒具を彼らがなぜ身に着けていたのかだった。

 3日後に出会った別のシリア難民に尋ねたところ、首都ミンスクに軍用品の中古市場があり、移民たちはそこで防寒具やテント、寝袋、保存食などを調達して国境に向かうのだと教えてくれた。

ウクライナ情勢へのリンク

 この移民危機のきっかけは、5月23日にリトアニアでベラルーシの旅客機が緊急着陸し、搭乗していた反体制派ジャーナリストらが拘束されるという前代未聞の事件だった。EUがベラルーシに経済制裁を発動すると、その直後から、ベラルーシと国境を接するリトアニアとラトビア、そして8月からはポーランドへと密入国者が急増したのだ。

 SNS上では、シリアなどの中東からベラルーシを経由してEUへ向かうルートを「安全」とする勧誘が増え、EUはベラルーシが「移民を飛行機に乗せ、欧州の国境に向けて文字通り押し出している」(欧州委員長フォンデアライエン)とみて、「欧州を不安定化させるためのハイブリッド攻撃だ」と強く反発した。

 厳寒の冬が迫り、人道危機への懸念が高まる中、11月中旬にベラルーシ・ブルズギとポーランド・クジニツァの間の国境検問所で移民集団とポーランド国境警備隊の大規模な衝突が発生。ベラルーシが近くの物流倉庫に移民約2000人を収容したことで、事態はいったん沈静化に向かった。

 入れ替わるように国際社会の関心がシフトしたのが、ベラルーシの南に位置する隣国ウクライナをめぐる軍事情勢だった。

 米ワシントン・ポストが12月3日、米情報機関の報告として、ロシアが年明けにも最大17万5000人規模で侵攻する計画がある、と報道。7日の米ロ首脳の電話会談を挟んで緊張が続いている。

 実はこの直前、ベラルーシは移民危機をウクライナ情勢とリンクさせる動きを見せていた。

 ベラルーシ大統領のアレクサンドル・ルカシェンコは11月26日、国境の避難所を訪れて「アフガニスタン人がこの地やウクライナに押し寄せたら、欧州は移民の洪水を制御できないだろう。彼らが問題解決を拒むなら起こりうることだ」とウクライナへの波及を示唆。

 さらに30日には、従来の姿勢を一転させてロシアによるクリミア併合を容認する考えを示し、ウクライナ有事におけるロシアへの支持も明言した。12月1日には欧州向け天然ガスの供給停止の可能性に再び言及した。

 厳寒期を迎えて手を打ちにくくなったベラルーシの移民危機は、米・EUとロシアがにらみ合うウクライナ情勢に連動する変数の一つとして、同じ地図の上に載る形となった。

数十人規模の密入国がほぼ連日

 だが、移民危機自体が解決したわけではない。

 ベラルーシ国内にはまだ数千人の移民がいるとみられている。

 ポーランド国境警備隊の発表をみると、数十人規模の密入国がほぼ連日続いており、12月前半だけでも密入国の試みは900件以上あった。集団で越境させ続けることで国境の緊張状態を維持し、雪解けまで移民を手元に置いて牽制し続ける、という計算もにじむ。

 一方、EUはベラルーシへの制裁を一段と強めている。

 12月2日に米英カナダとともに追加制裁を発動し、移民の流入ルートの遮断を狙って国営航空会社や旅行会社などの域内資産を凍結した。16日の首脳会議でも「人道危機を起こした政権を強く非難する」との合意文書をまとめて結束をアピールした。

 国際社会の関心が現場から外交や軍事にシフトする中、地元住民は焦燥感を深めている。雪に覆われ、メディアや医療NGOの立ち入りが制限された国境の森の奥で何が起きているか、知るすべは乏しい。14日夜にも国境近くの沼でシリア人とイラク人4人が救助を求めたが、捜索は難航し、軍がドローンを投入してやっと居場所が特定された。

 何人もの地元住民が私にこう漏らした。

「雪に隠れているだけで、雪解けとともに大量の遺体が出てくるのではないか」

 その時、「解凍」された人道危機が再燃する恐れがある。(敬称略)

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執筆者プロフィール
村山祐介 ジャーナリスト。1971年、東京都生まれ。立教大学法学部卒。1995年、三菱商事株式会社入社。2001年、朝日新聞社入社。2009年からワシントン特派員として米政権の外交・安全保障、2012年からドバイ支局長として中東情勢を取材し、国内では経済産業省や外務省、首相官邸など政権取材を主に担当した。GLOBE編集部員、東京本社経済部次長(国際経済担当デスク)などを経て2020年3月に退社。米国に向かう移民の取材で、2018年の第34回ATP賞テレビグランプリのドキュメンタリー部門奨励賞、2019年度のボーン・上田記念国際記者賞を受賞した。著書に『エクソダス―アメリカ国境の狂気と祈り―』(新潮社)。
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