オープンAI「事変 」の背後に「ブームの翳り」と「マイクロソフトの焦り」?

執筆者:岩田太郎 2023年12月4日
エリア: 北米
需要低下のサインはアルトマン氏にも見えているはず[2023年10月18日、アメリカ・カリフォルニア州](C)AFP=時事
サム・アルトマン氏解任・復帰劇はまだ余震が続いている。オープンAIに影響力を強めたマイクロソフトが勝者にも見えるが、ChatGPTの公開から1年でユーザーは早くも熱狂から醒めつつある。生成AIをめぐる更なる競争激化は避けられない。

 感謝祭直前の週末を楽しむ米テック業界関係者を驚愕と二転三転の怒涛の渦に巻き込んだ、生成型人工知能(AI)アシスタントChatGPT開発元のオープンAI(OpenAI)トップ解任劇。

 人類全体に利益をもたらす汎用人工知能(AGI)を普及・発展させる理想に固執する取締役会と、もうかるAIの開発を望むマイクロソフトなど営利目的の出資者の意を体したサム・アルトマン前最高経営責任者(CEO)のイデオロギー的な対立がアルトマン氏の解任につながったとされる。

 テック業界の内情を深堀りすることで知られる米Wired誌によれば、「大企業に対抗すべく設立されたオープンAIが、(アルトマン前CEOの舵取りにより)その大企業へと変貌しつつあるように見えた」のが遠因だ。

 その背景には、非営利組織のOpenAI, Inc.の営利孫会社であるOpenAI Global, LLC株式の 49%を保有し、130億ドル(約1兆9500億円、以下1ドル=150円で換算)を超える膨大な出資金を提供していたマイクロソフトの意向があった。非営利組織の取締役会が、アルトマン氏がCEOを務めていた営利孫会社の経営を完全掌握する仕組みのため、マイクロソフトは1兆5000億円を投資しても、OpenAI, Global LLCの経営方針に口を挟めなかったからだ。

OpenAIの組織図。取締役会の下に非営利のOpenAI, Inc.が置かれ、その子会社のOpenAI GP LLCが、マイクロソフトの出資先である営利孫会社のOpenAI Global, LLCをコントロールするという、極めてわかりにくく複雑な構造だ(出典:chartr

 今回のドラマでは、イデオロギー闘争の結果、アルトマン氏が取締役会から追放され、さらに営利孫会社のCEOの役職も解かれた。ところが、取締役会の一部と社員のほぼ全員がアルトマン氏の復帰を要求する中、最大の出資者であるマイクロソフトのサティア・ナデラCEOが、アルトマン前CEOをマイクロソフトのAI部門に三顧の礼で迎え入れると発表。ところが、さらなるどんでん返しでアルトマン氏がオープンAIのCEOに返り咲いた。

 米メディアは、アルトマン氏がマイクロソフトに入社するにせよ、オープンAIに復帰するにせよ、「ナデラCEOは実際の買収を伴わず、反トラスト法(独禁法)に抵触することもなく、テック業界で最も注目される企業をほぼタダで手に入れた」との見方で一致している。事実、マイクロソフトの株価は「事変」直後の11月20日の市場で2%急騰し、時価総額は2兆8100億ドル(約421兆円)に上昇している。

 これを見れば、完全に意のままにならなかった重要な出資先の知的財産と優秀な人材のコントロールをタダ同然で手に入れたマイクロソフトの独り勝ちであるように映る。

 だが、そもそもなぜアルトマン氏はオープンAI内でイデオロギー対立を引き起こすほど急激なビジネス路線を推し進めなければならなかったのだろうか。また、なぜマイクロソフトは当座しのぎの措置とはいえ、他の出資者のオープンAIに対する投資が無価値になるかも知れない利益相反や、それに対する訴訟のリスクを冒してまで、オープンAIの掌握に動いたのだろうか。

 その裏には、絶好調に見える生成AIの初期普及に翳りが見え始めていること、さらにライバルとの競争の激化がありそうだ。

月間アクセスは減少傾向

 現在の米テック業界において、AIは飛ぶ鳥を落とす勢いである。ブルームバーグ・インテリジェンスの6月の予測では、世界の生成AI市場はこの先10年で、年42%の複利で成長するという。この結果、生成AI市場は2022年の400億ドル(6兆円)から2032年には1兆3000億ドル(195兆円)にまで飛躍的に成長すると見られている。

 これを牽引するトップランナーが、ChatGPTでAIブームに火をつけたオープンAIと、その技術を使ったAIアシスタントのCopilotをオペレーティングシステム(OS)のWindowsや生産性ソフトのOffice製品などあらゆる自社製品で垂直水平に展開するマイクロソフトだ。

 オープンAIは8月現在で毎月8000万ドル(120億円)を売り上げており、黒字化はまだ先であるものの、2023年の売上は2億ドル(300億円)、2024年には10億ドル(1500億円)に達すると米テックメディアのThe Informationは予想する。

 マイクロソフトの業績も絶好調であり、2023年7~9月期の売上は前年同期比13%増の565億ドル(8兆4750億円)、営業利益が25%伸びて269億ドル(4兆350億円)、さらに純利益は27%増の223億ドル(3兆3450億円)に達している。

 ところが、世界を挙げての生成AIブームの中、オープンAIのChatGPTや、その技術を応用・発展させたマイクロソフトのBing Chatの月間アクセス数(推計)は、2023年5月から減少傾向にある。ChatGPTについては、全世界では5月の18億回をピークに、8月には14億回まで下がっている。10月には17億7000万回に回復したが、横ばい状態は変わらない。Bing Chatも、春先に急伸したものの、その後はしぼんでいる。……

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執筆者プロフィール
岩田太郎(いわたたろう) 在米ジャーナリスト 米NBCニュースの東京総局、読売新聞の英字新聞部、日経国際ニュースセンターなどで金融・経済報道の基礎を学ぶ。現在、米国の経済を広く深く分析した記事を『週刊エコノミスト』『ダイヤモンド・チェーンストア』などの紙媒体に発表する一方、『ビジネス+IT』『ドットワールド』や『Japan In-Depth』などウェブメディアにも寄稿する。海外大物の長時間インタビューも手掛けており、IT最先端トレンド・金融・マクロ経済・企業分析などの記事執筆が得意分野。「時代の流れを一歩先取りする分析」を心掛ける。noteでも記事を執筆中。https://note.com/otosanusagi
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