史上最高値を連日更新、何ともしぶとい米国株の謎

執筆者:滝田洋一 2023年12月20日
タグ: アメリカ 日銀
エリア: アジア 北米
マイナス金利解除に「動かざる日銀」、内外株式を走らす展開[金融政策決定会合後の記者会見に臨んだ植田日銀総裁=2023年12月19日](C)EPA=時事
年内最後のFOMC後にパウエルFRB議長が発したハト派コメントを好感し、NYダウは一気に史上最高値を更新した。これに牽引されたS&P、ナスダックなど他の各指数も上昇基調を維持している。そして、ひょっとするとマイナス金利解除かと思われた植田日銀総裁も、金利据え置きのクリスマスギフト。コロナ・バブルからの「軟着陸」にあと一歩の米経済と米株市場。その宴に加わろうと日本株も走り出したのだが、そんなにうまい話はあるのだろうか。

 ナポレオン・ボナパルトは1815年2月26日、千名足らずの兵をつれて島流しされていたエルバ島を脱出した。3月1日にはサン-ジョアン湾に上陸した。そこからわずか20日間でパリに駆け上る。道々、農民や労働者が「皇帝万歳」と歓呼して迎えた(「世界史の窓」)。新聞の見出しも「鬼」や「狼」から、「僭主」となり、たちまち「皇帝陛下」に。

 上映中のリドリー・スコット監督の大作『ナポレオン』でも、エルバ島脱出劇が見せ場だから、ふと思うのかもしれない。今年の米経済と米国株の波瀾万丈ぶりは尋常ではない。米連邦準備理事会(FRB)が急ピッチで利上げするなか、米景気後退と株安の見通しが一般的だったはずなのに、実際の景気も株価も正反対の軌跡をたどった。米ブルームバーグは2023年11月28日にこう配信した。

「バンク・オブ・アメリカ(BofA)とBMOキャピタル・マーケッツ、ドイツ銀行のストラテジストは、S&P500種株価指数が来年も上昇し、22年初めに記録した最高値を上回ると予想。ゴールドマン・サックス・グループとソシエテ・ジェネラルはそこまで楽観していないものの、24年末までに株価は若干上昇すると予測し、過去最高値に迫るとみる」

 これは24年の米国株の見通しを米欧の有力金融機関が上方修正したとの記事である。だが強気方向にカジを切るなら、最高値更新の時期を24年まで待つ必要などなかったのである。23年12月13日、同日閉会した年内最後の米連邦公開市場委員会(FOMC)を受けて、ニューヨーク・ダウ工業株30種平均は史上初の3万7000ドル乗せを果たしたからだ。最高値更新である。

米国株は「ゴルディロックス」を期待

 インフレ抑制を最優先する「タカ派」から、景気に配慮する「ハト派」に。市場にとってクリスマスのサプライズ・ギフトとなったのは、ジェローム・パウエルFRB議長の華麗なる転身だった。「今回の会合で利下げのタイミングを協議した」。FOMC後の記者会見でパウエル議長はこう語った。発言に市場参加者は敏感に反応した。

 来年に向けインフレの沈静化という方向は見えている。ならば利下げに向けた流れにいち早く乗ったもの勝ちだ。10年物国債利回りで見た米長期金利はパウエル発言を受け4.0%台まで急低下し、翌14日には節目とされた4%を下回った。為替相場は一時1ドル=140円台まで円高・ドル安に。米国株は氷上の敵軍に大砲を放つナポレオン軍のように急伸した。

 だが、「皇帝万歳、パウエル万歳」を唱えるにわか強気派は肝心の問いを胸に秘めている。「十分に引き締め的なスタンスを達成したと自信をもって結論づけるのは時期尚早だ」。12月1日、ジョージア州のスペルマン大学で講演したパウエル議長はこう述べ、市場が織り込む利下げへの早期転換を「議論は時期尚早だ」と牽制していたからだ。

 12月1日には「議論は時期尚早だ」と言っていたのに、12月13日には「タイミングを協議した」とはこれ如何に。とんだ卓袱台返しのようだが、12月1日の講演にはさりげない一文がはめ込まれていた。後講釈と思われるのも癪だから、日本時間12月2日に日経電子版のThink! 欄に記したショートコメントを再掲しよう。

「パウエル発言のさなかに米金利先物市場は来年3月の利下げを織り込み出しました。市場が注目したのは『10月までの6カ月間のコアインフレ率は2.5%』とFRBの目標2%に近づいてきたことを指摘した部分」。要は、金融引き締めが冷や酒のように効き始め、さしものインフレが沈静し始めたと、パウエル議長は示唆していたのである。

 12月13日のFOMCではメンバーの中央値が24年末までに0.25%ずつ3回の利下げを見通している。一方、気の早い市場参加者は24年末までに0.25%ずつ6回の利下げを織り込んでいる。両者の間には3回分の開きがあるので、24年にかけてFRBと市場参加者は、トムとジェリーのような追いかけっこを演じるはずだ。

 だが米景気が減速に向かい、インフレが沈静化する局面とあって、FRBは市場の動きにブレーキを踏み続けることはあるまい。その意味で米国株は、市場金利の低下を追い風とした「ゴルディロックス(適温相場)」を期待することになる。大統領選挙の年に株安となることはない、という経験則も市場参加者の心理を強気に傾かせよう。

巨額の金利メリットを手に入れた米企業部門

 いささか都合の良いシナリオを聞かされて、釈然としない思いを抱く読者も多いだろう。22年初には0~0.25%だったフェデラルファンド(FF)金利を23年には5.25~5.5%まで急ピッチで引き上げたのに、米景気がつんのめらなかったのは何故なのか。アトランタ連銀のGDP Now(足元景気予測)では、23年10~12月期の実質成長率は前期比年率2.7%の見通し(12月19日時点)。そんなにうまい「軟着陸」ってあるのだろうか。

 エコノミストは米経済の金利耐久力の強さを語るが、これは絵に描いたような同義反復である。首をひねっていたところ、旧知のストラテジストから12月半ばに届いたメールで疑問が氷解した。……

カテゴリ: 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
滝田洋一(たきたよういち) 1957年千葉県生れ。日本経済新聞社特任編集委員。テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」解説キャスター。慶應義塾大学大学院法学研究科修士課程修了後、1981年日本経済新聞社入社。金融部、チューリヒ支局、経済部編集委員、米州総局編集委員などを経て現職。リーマン・ショックに伴う世界金融危機の報道で2008年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。複雑な世界経済、金融マーケットを平易な言葉で分かりやすく解説・分析、大胆な予想も。近著に『世界経済大乱』『世界経済 チキンゲームの罠』『コロナクライシス』など。
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