“使える”セキュリティ・クリアランス法制のために積み残されている課題(上)

執筆者:小木洋人 2024年2月19日
実際の秘密指定事例が著しく狭いものとなる可能性が高い[経済安全保障推進会議で発言する岸田文雄首相(左から2人目)=2024年1月30日、首相官邸](C)時事
「セキュリティ・クリアランス(機微情報の取扱資格)」制度の導入に必要な「重要経済安保情報の保護・活用法案」(仮称)が、近く国会に提出される。経済安全保障上の機微情報を扱う人の適格性を国が認定する同制度をめぐっては、人権・プライバシーの問題が多くの関心を集めるが、日本企業が国際展開の現場で機微情報に関わるためのルール作りという本来の狙いは十分に達成できるのだろうか。

 岸田文雄総理は、本年1月30日の経済安全保障推進会議において、経済安全保障分野におけるセキュリティ・クリアランス制度に関する法案の通常国会提出に向けた準備を加速するよう高市早苗経済安全保障担当大臣に指示を行った。これは、それに先立って、本制度に関する有識者会議において議論の「最終とりまとめ」が提出されたことを受けたものである。筆者は、有識者会議での議論が始まった2023年2月に、所属する地経学研究所でコメンタリーを発表し、当該制度に関する誤解を解きつつ論点整理を試みた。しかし、制度そのものの複雑性・専門性が高いゆえに、当時も存在していた誤解に基づく議論は、現在もまだ残っている。また、有識者会議の最終取りまとめで示された法制化の方向性においても、当初論じられていたニーズを本当に手当てできるのか課題が残る箇所がある。

 そこで本稿では、改めてセキュリティ・クリアランス法制に関する論点を整理するとともに、有識者会議による最終取りまとめにおいて残された課題を特定し、今後の議論の具体化に貢献したい。

セキュリティ・クリアランス法制は防衛産業と基本的には関係ない

 セキュリティ・クリアランス法制に関する議論で頻出する誤解が、同制度が存在しなかった日本でこれが初めて法制化されることで、同盟国等との防衛装備協力・防衛産業協力が進展するというものだ。これは特に、海外のシンクタンクにおける議論や報道で良く見られるものであり、なかなか訂正されない。セキュリティ・クリアランスとは、政府が秘密情報として指定したものが適切に秘匿されるようにするため、それを取り扱う者や施設の資格を審査する制度である。秘密情報を含む国際共同研究や海外政府の調達案件に日本企業が参加するためには、セキュリティ・クリアランスが要求される事例があり、それなしでは企業の円滑な国際展開に支障が生じるとの問題意識に基づき、議論が進められてきた。

 しかしながら、最終取りまとめにも明示的に記載されているとおり、日本においては従来、特定秘密保護法によりセキュリティ・クリアランス制度が規定されてきた。機微な防衛、外交、テロ等の情報を特定秘密として指定した上で、民間の適合事業者を含め、政府による調査等を経て資格要件を満たした者にのみその取扱いを認める制度である。防衛装備品に関してはこのほかに、自衛隊法に基づく防衛省秘(自衛隊法上罰則規定のある自衛隊員のみならず、2023年に成立した防衛生産基盤強化法により、契約関係にある事業者の従業者(民間人)への罰則も法定(装備品等秘密))や、日米相互防衛援助協定等に伴う秘密保護法に基づく特別防衛秘密(米国製防衛装備品の場合)に指定された情報を取り扱う場合にも、企業の従業者がセキュリティ・クリアランスを取得する必要があるとされる。

 一方、今回の法整備の対象は経済安全保障分野に関する情報であり、「国家及び国民の安全を支える我が国の経済的な基盤の保護に関する情報」を対象とすることが念頭に置かれている。つまり、特定秘密保護法等の適用分野である防衛、外交等の情報に限られていたセキュリティ・クリアランス制度を、経済安全保障の分野に拡げることが目的だ。したがって、「セキュリティ・クリアランス制度はこれまで日本に存在しなかった」との言説は誤りである。また、国際共同開発など防衛装備品に関する協力に従事する民間人にとっては、今回の法整備により直接何かが変わるわけではない。

新法制の制度設計

 それでは、今回の法整備でセキュリティ・クリアランスによって担保された秘密情報(CI)の対象となる分野は具体的に何であるのか。最終取りまとめでは、「国家及び国民の安全を支える我が国の経済的な基盤の保護に関する情報」に当たる例として、「サイバー関連情報(サイバー脅威・対策等に関する情報)」、「規制制度関連情報(審査等に係る 検討・分析に関する情報)」、「調査・分析・研究開発関連情報(産業・技術戦略、サプライチェーン上の脆弱性等に関する情報)」及び「国際協力関連情報(国際的な共同研究開発に関する情報)」が挙げられる。

 そして、これらの経済分野における情報を、情報漏洩による影響度合い等に応じて階層的に秘密として指定・管理するため、有識者会議の最終取りまとめは新法制を特定秘密保護法とシームレスな形で取り扱うことを提唱している。米国等において、情報の重要度等に応じ、秘密がトップ・シークレット、シークレット、コンフィデンシャルと複数の階層に分かれて指定されていることを踏まえたものだ。この示唆を受けて、冒頭で触れた岸田総理の発言では、「コンフィデンシャル級の情報を保護の対象とする制度を新法により創設」するとともに、「特定秘密保護法の運用基準の見直しの検討を含め、必要な措置を講じる」ことが具体的に指示されている。この方向性は、最終取りまとめでは具体化されていなかったもので、この段階で初めて出てきたものだ。

 これらを踏まえて総理指示を字義どおり読むと、今後の方向性としては、①特定秘密よりは重要度や罰則も軽いコンフィデンシャル級の情報であって、経済安全保障に関するものを新法の対象としつつ取扱資格制度(クリアランス)を定めるとともに、②トップ・シークレット、シークレット級の秘匿度の高い経済安全保障関連情報についても、特定秘密保護法の運用改善によって指定しやすくする、ということが目指されていると推察する。

 このうち上記②は、有識者会議において、特定秘密に指定できる情報として、経済に関連するものがあるにもかかわらず、経済官庁による秘密指定の実績がなく、硬直的な運用となっていることが問題視されたことにヒントを得たものかもしれない。

 確かに、特定秘密保護法の運用基準は、同法別表に特定秘密に指定できる事項として掲げられている防衛、外交、テロ等の項目の細目を列記しており、貨物の輸出入や資産の移転といった経済関連の情報も規定されている。この運用基準を改正し、経済安全保障関連の情報を指定しやすい運用とすることは、一つの方向性かもしれない。ただし、防衛装備品の製造・開発と関係しない先端民生技術に関する情報を直接的に読み込める事項が法律の別表本体にないので、運用基準の改正では限界がある。したがって、新法のカバレッジをどう定めるかは、引き続き政府内で検討が続く可能性がある。

 いずれにせよ、既にクリアランス制度が確立されている特定秘密保護法に屋上屋となるような新法を被せるのではなく、両者の切り分けを丁寧に調整しつつシームレスに運用しようという方針は妥当である。

最も重要な論点は民間由来情報の扱い

 しかしながら、最終取りまとめで示された方向性には、三つ大きな課題が残されている。それらはいずれも、本来示されていたセキュリティ・クリアランス制度に対するニーズを本当に手当てできるのか分からないという点に関わる。

 本来示されていたニーズとは、防衛装備品の契約に関係しない国際共同研究等の案件における機微な情報の取扱資格を政府が定めることにより、日本企業の国際展開を円滑化するというものであった。

 これについては第一に、秘密指定する情報の性質が問題となる。最終取りまとめでは、有識者会議での議論で示された事務局(政府)の方針を踏まえ、新たな法制で秘密指定の対象となるのは、「政府が保有している情報」であるとされた。民間から提供された情報に政府が分析等の付加価値を付けた上で秘密として指定することは妨げられないものの、その出元となる民間情報そのものが秘密指定されることはないとされる。このような整理は、特定秘密保護法におけるそれを踏襲したものであり、法律論としては整合的なものである。

 しかしながら、もの作りや調査・研究開発の実態を踏まえた場合はどうか。特定秘密保護法では、秘密指定できる事項として、防衛装備品の製作、検査、修理等の方法が規定されている。整理としては、政府が保有する特定秘密を契約に基づき民間の適合事業者(防衛企業)に提供した上で、防衛装備品の製造を請け負わせることとなるので、情報の原保有者はあくまで政府となる。しかし、製品の製造そのものを行う機能のない政府において、製作や検査の情報を元々保有しているわけではないので、その製品の開発段階では、政府からの研究委託や試作品の製造請負を通じて企業に開発・製造させる。その過程では、政府のニーズという機微な情報が民由来の製造技術に付加されることになる。そして、それらを含め政府が秘密指定した上で、改めて契約に基づいて企業事業者にその秘密情報を提供し、防衛装備品の製造を請け負わせるというのが法的な整理だろう。加えて、防衛装備品の研究開発における試作品請負契約の場合、研究開発の過程で得られた技術資料は原則国に帰属することになっているので、指定の実務上も無理がない。

 したがって、特定秘密保護法のこの建付け自体に問題があるわけではない。しかし、これを防衛装備品の製造に関係しない経済安全保障上の重要技術に当てはめると、無理が生じる場合がある。というのも、政府が民間に秘密情報を提供する場合、契約に基づき何らかの製品の製造や役務(調査等)実施を請け負わせるという政府調達が考えられるのだが、防衛に関係しない政府調達において、先端的な重要技術が含まれるケースがさほど想定されないためだ。そうなれば、防衛装備品製造以外の場合において、民間由来の重要技術情報を保護する契機が乏しくなり、情報保護が宙に浮いてしまうおそれがある。

 例外として、有識者会議の議論でもニーズとして挙げられていた宇宙やサイバーといった領域であれば、防衛装備品以外の政府調達案件もあるので、新法制による指定事例としても想定される。一方、それ以外のAI、無人、量子といった経済安全保障推進法に基づく重要技術育成プログラム(Kプログラム)が対象とするような領域では、研究開発への政府資金提供スキームは考えられるものの、政府が製品や技術を直接調達することはあまり想定されない。あるいは、有識者会議の議論で事務局側から例示された、政府が分析等の付加価値を付した情報を民間に提供するという場合にしても、その情報を民間に提供して何の役務を委託するつもりなのかという点が判然としない。

 この点、米国では、政府資金の提供を受けた契約事業者や委託研究者が秘密情報を自ら生成し得る場合があることを想定し、そうした情報を秘密指定する例外的手続が定められている。大統領令第13526号は、政府資金の受給者等が自ら秘密指定を要する情報を創出したと判断した場合に、当該情報を管轄する政府機関にその旨を通知すべきことを規定しており、その通知を受けて、政府は当該情報を秘密するか否かを決定することとしている。各省庁による運用の実態は不明だが、この規定の存在が、大統領令第13526号が秘密指定の対象に含む「国家安全保障に関する科学技術又は経済的事項」の指定の間口を実際に担保するものとなっていると言える。

 こうしたことから、日本の新法制において、これと同様の規定が盛り込まれず特定秘密保護法における整理を厳格に踏襲した場合、実際の秘密指定事例が著しく狭いものとなる可能性が高い。最終取りまとめで指定できる情報の分野は幅広く概念された一方で、指定の対象が政府保有の情報に限られたためである。これにより、指定の契機となるような政府の行為が具体的に何なのかという点が不明確となっている。 (「下」へ続く)

カテゴリ: 経済・ビジネス 政治
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執筆者プロフィール
小木洋人(おぎひろひと) アジア・パシフィック・イニシアティブ/地経学研究所国際安全保障秩序グループ 主任研究員。防衛省で総合職事務系職員として16年間勤務し、2022年9月から現職。2007年防衛省入省。2009年から防衛政策局国際政策課で米国以外の国では初となる日豪物品役務相互提供協定(ACSA)の国内担保法を立案。2014年から2016年まで外務省国際法局国際法課課長補佐として、平和安全法制の立案や武力行使に関する国際法の解釈を実施。2016年から2019年まで防衛装備庁装備政策課戦略・制度班長として、防衛装備品の海外移転の促進、ウクライナへの装備支援でも活用された外国軍隊への自衛隊の中古装備品の供与を可能とする自衛隊法規定の立案、防衛産業政策などを主導。2019年から2021年まで整備計画局防衛計画課業務計画第1班長として、陸上自衛隊の防衛戦略・防衛力整備、防衛装備品の調達を統括。2021年から2022年まで防衛政策局調査課戦略情報分析室先任部員(室次席)として、ロシアのウクライナ侵略、中国の軍事動向を含む国際軍事情勢分析を統括。2007年東京大学教養学部卒、2012年米国コロンビア大学国際関係公共政策大学院(SIPA)修士課程修了。
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