“使える”セキュリティ・クリアランス法制のために積み残されている課題(下)

執筆者:小木洋人 2024年2月19日
AI、無人、量子などの重要技術開発で大きな役割を担う「国立研究開発法人」の取得・保有情報の扱いも課題[超伝導方式の国産量子コンピューター2号機と富士通の佐藤信太郎量子研究所長(左)、理化学研究所の中村泰信量子コンピューター研究センター長=2023年10月5日、埼玉県和光市の理研](C)時事
新法制において、民間由来の重要技術情報に関する秘密指定事例は著しく狭いものとなる可能性が高い。そうなれば当然、その情報を扱う資格(クリアランス)の保有者も増えないだろう。機微技術の知的財産権の帰属先や、国内法制に海外での通用性を持たせるための各国政府との取極など、更なる議論が必要な要素は少なくない。

※(上)より続く

 元々のニーズが経済安全保障分野において国際的に通用し得る秘密取扱資格制度の創設であったことを踏まえれば、実際の秘密指定事例が狭められかねないことは大きな課題となるだろう。当然のことながら、秘密指定されない情報に与えられる取扱資格(クリアランス)はないからだ。指定対象の情報の範囲が狭ければ、クリアランスを保有する民間人も増えない。

 2023年10月の段階で、有識者会議の議論においても、委員の一人から当該例外規定についての問題提起がなされたことはある。しかしそれ以前、企業ヒアリングの段階(2023年3月)で、一つの企業から、民保有の機微な技術情報はCUI(controlled unclassified information、秘密ではない保護情報あるいは注意情報)であるとして秘密指定に慎重な姿勢が示されたことが意図せずその後の議論を方向付けてしまったような印象がある。その後の議論では、秘密指定の対象となるのは民間由来であるにせよ政府保有の情報のみであるとされ、民間の機微な情報としてこの場で位置付けられたCUIについては、セキュリティ・クリアランス制度の枠組みの外における管理の必要性が検討される方向となった

 このような秘密指定制度を超えて機微な情報を管理していく裾野の広い考え方そのものは、何ら否定されるべきものではない。しかしながら、元々のニーズが防衛装備品に関係しない機微情報の取扱資格の策定にあったことに鑑みれば、そのような方策は当該ニーズに十分対応できるものではない。セキュリティ・クリアランスは秘密取扱いに際して付与されるものであり、秘密ではない情報の取扱資格がこれを代替することはできないからだ。当然ながら、米国等の諸外国においても秘密取扱資格として通用するものではない。そして、日本企業の国際展開の円滑化に資するのか疑問が持たれる。

 秘密指定を受けた情報の厳格管理やその取扱資格獲得に要する負担・コストと、それによって得られる国際的なビジネスチャンスは表裏一体のものであり、便益のみ選択することは不可能だ。政府は新制度の法制化に当たり、本来のニーズに立ち返った上で、科学技術の自由な発展の視点にも留意しつつ、上記で挙げた米国の例外規定も参考により実効的な内容を検討すべきである。

 もっとも、制度のみ創設しても、先端的な民生技術を秘密指定する基準を持つことは容易ではない。しかし、上記の米国における例外規定を見ても、政府が民生技術を一方的に秘密指定する枠組みではない。有識者会議では、ヒアリングを受けた企業も、機微な企業情報が秘密指定を受けることを完全に否定しているわけではなく、企業と相談しながら慎重に進めるべきだと発言している。技術を生成した企業・研究所等と相場観を共有していくしかないだろう。

誰にその権利が帰属する情報か

 第二の課題は、米国大統領令第13526号の例外規定と同様の基準を導入する場合、知的財産の帰属関係をどうするかという問題だ。具体的には、政府資金を提供した研究成果のうち機微な技術(知的財産権)を国の帰属とすることを検討する必要がある。

 現状、国の委託による研究開発は、防衛分野を除き、研究成果としての知的財産権の帰属が委託先の企業や研究機関となっているものが多いと考えられる。これは、民間の産業競争力強化を目的に、産業技術力強化法に基づき導入された日本版バイ・ドール制度を根拠としている。科学技術振興機構(JST)新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)といった研究開発法人の委託研究契約条項を見ても、そのような措置が可能となるよう規定されている。

 これを変えることは、これまでのプラクティスに反する部分も出てくる。しかし、少なくとも秘密指定し得るような機微な研究成果に限っては、国の知的財産とすることを検討すべきだ。むしろ、権利が民間に帰属したまま、その知財の利用についてのみ秘密指定制度で制限をかけるのは一貫性を欠く。他方、有識者会議の事務局が主張するような「付加価値を付加した情報」のみが秘密となり、情報の原保有者たる民間人にその効果が及ばないとする整理は、概念上は可能だったとしても、技術には色がない以上、現実性に乏しい。

 加えて、研究開発関連情報についてはさらに処理が必要な論点がある。それは、特定秘密保護法の場合、独立行政法人が取得した情報が対象となっておらず、同法人には特定秘密の指定権限がないことである。特定秘密保護法策定の過程では、民主党政権時代の有識者報告書において、国の行政機関のみならず、独立行政法人や大学が取得・保有する情報も対象に含めることが提案されていた。ところが、政権交代を経て特定秘密保護法が策定された際には、その提案が組み込まれることはなかった。

 しかし、宇宙開発の主体である宇宙航空研究開発機構(JAXA)や、Kプログラムの推進主体であるJST・NEDOなど、国の研究開発の担い手は、独立行政法人の一類型である国立研究開発法人だ。現状の法制では、その取得・保有情報を特定秘密に直接的に指定する手段がない。政府資金を提供する研究委託の契約主体がこれらの法人であることを踏まえれば、新法制ではこの点をセットで見直し、これら法人の情報も指定対象に含めることができるようにする必要があるだろう。 

国際的な通用性という壁

 第三の課題は、以前別稿で指摘したとおり、セキュリティ・クリアランス制度を国内で構築したとしても、それがそのまま海外で通用するわけではないことだ。例えば米国ではセキュリティ・クリアランスの取得を米国市民に限っており、日本のクリアランスが米国で直接通用するわけではない。この論点は、必ずしも有識者会議における最終取りまとめの方向性やそれを受けた総理指示に内在する問題ではなく、国内法制に加えて不可欠となる取り組みである。

 民間人を含む日米間の秘密情報のやり取りは、日米秘密軍事情報保護協定(GSOMIA)の下で行われる。日米GSOMIAは、互いの秘密情報に相手国において与えられる保護と「実質的に同等の保護」を与えることや、契約企業に秘密情報を提供する場合は当該情報にアクセスする個人が「秘密軍事情報取扱資格」(すなわちセキュリティ・クリアランス)を有すること、秘密情報の送付は「政府間の経路を通じて」行われるべきことなどを定めている。このため、双方の企業・民間人の間での秘密情報の共有は、クリアランスの保有等の条件を満たした上で、それぞれの政府間ルートを通じて行うしかない。

 このため、日米国防当局間の共同研究開発や共同調達であれば、日本企業は政府を通じてプロジェクトに応じ参画できる。一方で、秘密情報を含む米国の政府調達や米国企業との共同事業に対し、日本企業が日本政府を介さずして直接参画する手段は、管見の限り現状では存在しない。ここでも、前節で挙げたのと同じ「政府による調達が想定されない非防衛の先端技術分野」の問題が浮上する。すなわち、こうした先端技術分野において、秘密情報を含む米国等の海外のプロジェクトに日本企業がアクセスできるルートが不在となるのだ。

 この点、米国は、英国等との間で補足的な「産業保全協定(industrial security agreement)」を締結している場合があるようであり、こうした取極の中で企業を含む秘密情報取扱いのより柔軟な手続を定めている可能性はある。ただし、その内容は公開されていないので、新制度創設の検討と並行して米国政府と協議する必要がある。また、日米GSOMIAの対象は「秘密軍事情報」なので、防衛に直接結び付かない経済安全保障関連の機微技術のやり取りを対象に含めるためには、いずれにしても協定の改正等の措置が必要となる。

 そもそもセキュリティ・クリアランス制度の中核は防衛関連の情報取扱資格であり、米国においては国防省が制度設計や実施に大きな役割を果たしている。そして米国の国防調達や国防産業は、いわば「一見さんお断り」の閉鎖的な性質を有していることが否めない。したがって、米国の国防産業や国防省が関係している案件や会議においてセキュリティ・クリアランスの保持を理由として情報提供を断られたというような事例では、そもそも対象として米国企業や米国政府と関係の近いファイブ・アイズ(米国・英国・カナダ・オーストラリア・ニュージーランド)の企業しか協力先として想定していなかったという可能性も否定できない。問題の所在は、セキュリティ・クリアランス制度に関する日本国内の事情だけではなく、米国政府の方針にもあると言えそうだ。

 そうだとすれば、これは経済安全保障分野と防衛分野に通底する問題だ。2024年1月、米国防省は、初めての文書となる「国防産業戦略」を発表し、国防サプライチェーンの強靭化や柔軟な調達などの必要性を掲げた。サプライチェーンの強靭化の方策としては、同盟国・友好国との防衛生産協力の強化も含まれている。国防省がこれを真に必要な戦略だと考えるならば、その実施に必要な措置も同時に手当てする必要がある。フレンド・ショアリングの対象国として日本を明示的に掲げるならば、なおさらだ。厳格管理を担保した上で、日本企業に秘密情報を伴う事業への参画機会を柔軟に提供することもその手段の一つである。日本政府としても、この機会を捉えて日米産業間協力の促進を米国政府に働きかけるべきである。米国以外のパートナー国との間でも、同様の努力が必要となる。

 新たなセキュリティ・クリアランス制度は、このような主張の信頼性を向上させるため極めて重要な取り組みとなるが、同時に、新制度を構築しただけで物事が解決すると考えてはいけない。

 防衛と民生技術の境目が曖昧となり、国の安全保障を確保するために経済・民生技術分野における機微な情報の保全も考えなければならなくなっている中、新たな制度の創設は時宜にかなったものである。そして、法案の国会提出を目指し議論を精力的に推進しようとする政府の姿勢も評価に値する。

 しかし、そうであるからこそ、実際に“使える”法制としなければならない。その観点から言えば、現在の議論の方向性は、制度に対する懸念への配慮からか、ややスモール・パッケージとなっている感が否めない。本来のニーズに立ち返った思い切りの良い制度設計が求められる。

カテゴリ: 政治 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
小木洋人(おぎひろひと) アジア・パシフィック・イニシアティブ/地経学研究所国際安全保障秩序グループ 主任研究員。防衛省で総合職事務系職員として16年間勤務し、2022年9月から現職。2007年防衛省入省。2009年から防衛政策局国際政策課で米国以外の国では初となる日豪物品役務相互提供協定(ACSA)の国内担保法を立案。2014年から2016年まで外務省国際法局国際法課課長補佐として、平和安全法制の立案や武力行使に関する国際法の解釈を実施。2016年から2019年まで防衛装備庁装備政策課戦略・制度班長として、防衛装備品の海外移転の促進、ウクライナへの装備支援でも活用された外国軍隊への自衛隊の中古装備品の供与を可能とする自衛隊法規定の立案、防衛産業政策などを主導。2019年から2021年まで整備計画局防衛計画課業務計画第1班長として、陸上自衛隊の防衛戦略・防衛力整備、防衛装備品の調達を統括。2021年から2022年まで防衛政策局調査課戦略情報分析室先任部員(室次席)として、ロシアのウクライナ侵略、中国の軍事動向を含む国際軍事情勢分析を統括。2007年東京大学教養学部卒、2012年米国コロンビア大学国際関係公共政策大学院(SIPA)修士課程修了。
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