フィンランドが戦術核運用可能性を秘めた「ブロック4」を導入する意味(前編)

執筆者:能勢伸之 2024年2月28日
タグ: NATO ロシア
エリア: ヨーロッパ その他
2021年夏、フィンランドで開催されたエアショーで空を舞うイタリア空軍のF-35A[2021年8月6日、ヘルシンキ・フィンランド](C)EPA=時事
高いステルス性を備える第5世代のマルチロール戦闘機「F-35ライトニングⅡ」は、それを配備する国々はもちろん、周辺諸国の安全保障環境にも大きな影響を与える。共同開発国でもあるトルコがロシアとの武器取引を理由に導入を許されない一方、フィンランドは最新型のF-35Aブロック4の導入計画を公表している。ロシアは、中立政策から転換してNATO加盟を果たしたフィンランドの“軍事インフラ”拡大に神経をとがらせる。

 日本の航空自衛隊は主力戦闘機としてF-35ライトニングⅡステルス戦闘機を採用し、滑走路を使って離発着を行うF-35A型を105機、噴射口の向きを後方から下方に変え、短距離離陸/発艦および垂直着陸/着艦が可能なF-35B型を42機導入する予定となっている。

 2023年12月現在、F-35戦闘機は、F-35A、F-35B、それに米空母艦載機型であるF-35Cの3タイプを合わせて、980機以上が西側各国の軍隊に引き渡されている。しかし、ステルス性や機体全周状況認識センサー、ネットワーク機能など高度かつセンシティブな性能を誇るF-35戦闘機は、カネを積めば導入できるというものではない。

共同開発国トルコは導入を許されず

 F-35は、米国が主導した開発計画に英国、伊、蘭、豪、ノルウェー、デンマーク、カナダ、トルコが参加して誕生した戦闘機だが、共同開発国として約100機を導入する予定だったトルコは、2019年にNATO(北大西洋条約機構)加盟国の警告にもかかわらずロシア製のS-400地対空ミサイル・システムを購入したことから、F-35の引き渡しを受けられなくなった。その理由について、当時の米政府は、「F-35はロシアの情報収集プラットホームと併用できない」と説明した。つまり、トルコがS-400を運用する場合、そのシステムを維持・管理することになりかねないロシア企業を通じて、F-35の機密要素(S-400のレーダにステルス機であるF-35がどのように映るか等)がロシアに筒抜けになってしまう可能性を危惧したのである。

 従って、F-35戦闘機を導入しようとする国は、政治・外交上にも細心の注意を払っていなければならない。

 日本はF-35の共同開発国ではないが、米国のFMS(対外有償軍事援助)で導入を進めているのみならず、F-35の生産・整備に重要なFACO(最終組立・検査)施設を米本土、イタリア以外では唯一、愛知県豊山町に設けている。ステルス機にとっては機体表面の塗装も極めてセンシティブな事項であり、それを行うFACOが日本に設置された戦略的意義は大きい。F-35を運用する国々は、整備などを日米伊のいずれかのFACOに依存せざるを得なくなると考えられる。また、F-35のエンジンであるF135ターボファン・エンジンの整備拠点(リージョナル・デポ)も米本土の他に、イタリア、豪州と並び、日本に設けられた。このことは、米国や他の共同開発国から日本が、政治・外交上の問題がない、信頼できる国と判断された証左だろう。

中立国フィンランドに輸出許可

 F-35については、その実力のみならず、F-35A(通常離着陸機型)、F-35B(短距離着陸/発艦・垂直着陸・着艦機型)、F-35C(空母艦載機型)と3種類のうち、どのタイプが、どの国に導入・配備されるのかが、国際政治の中で注目されている。

 2022年3月4日、ジョー・バイデン米大統領が、ロシアのウクライナ侵攻後、初めてホワイトハウスに招き面会した外国の首脳は、ロシアと国境を接し、第二次大戦後は東西両陣営のはざまで中立を保ってきたフィンランドのサウリ・ニーニスト大統領だった

 首脳会談では、米国とフィンランドの安全保障関係を強化することで合意。さらに、NATOの門戸開放政策の重要性でも一致し、バイデン大統領は会談中に当時のスウェーデン首相に電話を掛け、その画像をSNSに投稿した。

 ところで、両首脳が合意した、米国と、当時は中立国だったフィンランドの「安全保障関係強化」とは、具体的に何を指していたのだろうか。

 先述したとおり、トルコは、NATO加盟国であり、F-35の共同開発国であったにもかかわらず、ロシア製S-400地対空ミサイル・システムを導入したことで、F-35が導入できなくなった。

各国のF-35導入予定機数(ロッキード・マーティン社プレスリリース等を参考に筆者作成)

 ところが、バイデン・ニーニスト会談よりずっと早く、米国務省はすでに2020年10月9日に、当時はまだ中立国であり、NATOのメンバーでも米国の同盟国でもなかったフィンランドに対し、射程1000km超えの空対地巡航ミサイル(AGM-158B2 JASSM-ER)200発や、グライダー爆弾(AGM-154C-1)100発などともに、64機のF-35AをFMSで輸出する許可を発表していた

 フィンランド空軍がF-35Aの導入を公式に発表したのは、翌2021年12月10日のことだった。米国務省の発表からフィンランド空軍の発表まで、1年以上掛かっている理由は不詳だ。

 ところで、2020年10月の米国務省の発表文と2021年12月のフィンランド空軍の発表文では、導入する機種の説明に微妙な違いがある。米国務省が単に「F-35A」と記したのに対し、フィンランド空軍は、導入する64機は「F-35Aブロック4」型になると明記していたのだ。

 F-35は、内蔵する機材やコンピュータプログラムを発展させて、搭載できる爆弾やミサイルの種類を増やし、エンジンの性能も向上させていく。その発展の段階を「ブロック」と呼び、初期のブロック2Bから、ブロック3i、ブロック3F、最新のブロック4と、能力が拡大してきた。新しい機体の生産は、一般に古い「ブロック」から新しい「ブロック」に切り替えられていく。もちろん、古い「ブロック」の機体をオーバーホールの際に新しい「ブロック」に改修することも不可能ではない。

 では、F-35Aブロック4とは、どのような軍用機なのか。

戦術核兵器の搭載可能性を秘めた「ブロック4」

 米議会調査局(CRS)が作成した資料によると、ブロック4は、「核能力を加えうる」ことになる。具体的には、米空軍のB61-12戦術核爆弾の運用能力を持ちうるのだ。

カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
能勢伸之(のせのぶゆき) 軍事ジャーナリスト。1958年京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒。報道局勤務、防衛問題担当が長く、1999年のコソボ紛争をベオグラードとNATO本部の双方で取材。著書は『ミサイル防衛』(新潮新書)、『東アジアの軍事情勢はこれからどうなるのか』(PHP新書)、『検証 日本着弾』(共著)、『防衛省』(新潮新書)、『極超音速ミサイル入門』(イカロス出版)など。
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