中国の「空気」が変わってきた

執筆者:宮本雄二 2024年2月26日
タグ: 中国 習近平
エリア: アジア
株価の下落が続く2月7日、中国政府は有効な対策を打ち出せずにいた証券監督管理委員会のトップを更迭した[2024年2月8日、中国・北京](C)AFP=時事
ゼロ・コロナ政策と「戦狼外交」を使って国民の求心力を高めた習近平政権だが、この2つの道具が使えなくなった2022年11月頃が転機となった。経験と実績に裏打ちされない「習近平思想」の学習だけでは現場は具体的な答えを見出せず、特に経済の現場での混乱は大きい。「空気」は、この政権の下で中国は上手くやっていけるのか、というものに変わってきている。3月初めの全人代が注目される。

 最近の中国はどこかおかしいと多くの人が感じ始めている。確かに、その通りだ。今回は、中国で何が起こっているのか、その謎解きにお付き合いいただくことにする。

2022年10月の党大会直後が求心力のピーク?

 しばらく後に振り返れば、2022年10月の中国共産党第20回党大会直後が、習近平政権に最も勢いがあった時期だったということになるのかもしれない。党大会において、先ず「習近平思想(習近平の新しい時代の中国の特色ある社会主義思想)」をバージョンアップした。基本方針が固まり、それを実現する政策が決まり、仕事を進めていくやり方も決まったということだ。次に2012年から進めてきた統治システムの改善強化もほぼ完成した。トップの意向が末端まで浸透し、しかも効率よく実施されるメカニズムが構築されたのだ。そして最後に、100パーセント自分の人事を貫徹し、統治システムを意のままに動かすために必要な人員配置を終えた。これで「習近平路線」を本格的に推進できる態勢は整った。中国全体が、2050年の「中国の夢」の実現に向けて、まっしぐらに動き始めるはずであった。だが、1年を過ぎた今、そこから前に進めずにいる。悪戦苦闘中なのだ。

 第20回党大会に向けて習近平政権への求心力を高めていった手腕は見事だった。習近平の持つ圧倒的な政治力を遺憾なく見せつけた。2020年の武漢コロナ危機をチャンスに変え、求心力を最大限に増大させることに成功したのだ。

 コロナ危機の当初は、大いにもたつき、国民の批判も高まり、習近平政権は大丈夫かと本当に心配したほどだ。そこを共産党の動員力と統制力を最大限に使い、コロナを押さえ込み、世界の中で最も早い経済の再開を実現した。ゼロ・コロナ政策は、コロナ禍にあえぐ他の先進諸国を尻目に、中国式ガバナンスの勝利の証しだとして大々的に宣伝された。トランプ政権は、コロナ禍は中国のせいだと口汚く中国を罵った。これに対し同じく口汚くやり返す「戦狼外交」を大々的に展開した。偉そうな顔をして自分たちを見下す米国に断固として立ち向かう姿勢に多くの中国国民は拍手喝采をした。一方で反腐敗や規律強化を続けて反対を押さえ込みながら、もう一方でゼロ・コロナ政策と「戦狼外交」を使って政権への求心力を確実に高めたのだ。党内も社会も、習近平政権に刃向かう雰囲気は消え習近平のやりたいことをやらせるしかないという「空気」となった。

使えなくなった「2つの道具」

 ところが、である。党大会後、その「空気」が変わり始めるのである。……

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
宮本雄二(みやもとゆうじ) 宮本アジア研究所代表、元駐中国特命全権大使。1946年福岡県生まれ。69年京都大学法学部卒業後、外務省入省。78年国際連合日本政府代表部一等書記官、81年在中華人民共和国日本国大使館一等書記官、83年欧亜局ソヴィエト連邦課首席事務官、85年国際連合局軍縮課長、87年大臣官房外務大臣秘書官。89 年情報調査局企画課長、90年アジア局中国課長、91年英国国際戦略問題研究所(IISS)研究員、92年外務省研修所副所長、94年在アトランタ日本国総領事館総領事。97年在中華人民共和国日本国大使館特命全権公使、2001年軍備管理・科学審議官(大使)、02年在ミャンマー連邦日本国大使館特命全権大使、04年特命全権大使(沖縄担当)、2006年在中華人民共和国日本国大使館特命全権大使。2010年退官。現在、宮本アジア研究所代表、日本アジア共同体文化協力機構(JACCCO)理事長、日中友好会館会長代行。著書に『これから、中国とどう付き合うか』『激変ミャンマーを読み解く』『習近平の中国』『強硬外交を反省する中国』『日中の失敗の本質 新時代の中国との付き合い方』『2035年の中国―習近平路線は生き残るか―』などがある。
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