「習近平思想」の実施部隊、巨大官僚機構の悩ましき実態

執筆者:宮本雄二 2023年11月13日
タグ: 習近平 中国
エリア: アジア
いかなる組織でも共産党員が3名以上いれば党の基層組織を作る義務がある[中央金融工作会議で演説する習近平国家主席(中央)=2023年10月31日、中国・北京](C)EPA=時事/XINHUA/Yan Yan
中国の官僚機構は、党、政府、軍、国有企業、およびそれらの関連組織など、いわば中国のすべての空間をカバーしている。党員9800万人超を包含するこの巨大システムは、党政、政経の一体化が進む現体制下で、「習近平思想」の実施機関という重大な役割を担うことになった。だが、上級組織から未調整のまま降りてくる指示への対処と社会の急速な変化に翻弄される現場では、党の狙いとは裏腹に新たな機能不全も起きている。

 中国の動きが、世界ひいては自分たちの生活に大きな影響を与える時代になった。中国がどうなるのか、どう動くのか。ここの判断を間違えば、間違った対応となり、日本ひいては世界は大きな打撃を受ける。

 しかも昨秋の第20回党大会において習近平体制が整ったにもかかわらず、中国の不安定さを示唆するニュースに事欠かない。中国の情勢判断の鍵は、中国共産党の視点、特に習近平第3期政権にあっては、習近平の視点から物事を眺めてみることだ。彼らが中国の実情を一番よく理解しているし、実際に自分たちの考えに沿って中国を動かす力があるからだ。

 習近平の視点は、党の機関紙である人民日報を読むことで分かる。習近平の講話なり、人民日報の解説なりを読みながら、どうしてそういう発言をし、解説をしなければならないのかを考える。そうするとそこに中国共産党の狙いとともに、抱えている問題点が浮かび上がってくる。

 そこから見えてくる習近平政権が直面する極めて重大な挑戦の1つが、中国の巨大な官僚機構にある。今回は、ここに焦点を当てて習近平政権のかかえる問題について解説する。

いまだ絵に描いた餅の「中国の夢」

 習近平政権は、第1期、第2期の10年で、「中国の夢」を打ち出し、それを実現する考え方と方策を打ち出した。習近平の「重要講話」の形で語られるこれらを集大成したものが、「習近平思想(習近平の新時代における中国の特色ある社会主義思想)」に他ならない。「習近平思想」を踏まえ、実施に必要な党の決定や政府の法令、規則も作られた。つまり国政を導く大きな考え方と政策、法令に裏打ちされた体制整備は出来上がった。

 次は実施態勢であり、先ず人事は、少なくとも中央委員会レベル(大臣以上)は、習近平に忠実な人物で押さえた。これだけでは不十分だというので、昨秋の党大会後から、今度は「習近平思想」の党内学習運動を始めた。党内の意思統一をはかり、実施を担保するためであり、中国共産党の伝統的手法でもある。特に本年4月、習近平思想の徹底を図る「主題教育」に関する党中央の意見1が通達された。この主題教育運動は、党機構の上から下に向かって2段階に分けて行われ、来年1月に終了する。

 一方で現状を見れば、法令を整備し、組織を整備し、人事を固め、「習近平思想」をしっかり学べば、ものごとは順調にいくはずなのに、実際は上手くいっていない。「習近平思想」を実施に移す段階で、習近平政権は大きな困難に直面しているのだ。

 第1の困難は、「習近平思想」そのものの持つ「弱さ」から来る。……

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
宮本雄二(みやもとゆうじ) 宮本アジア研究所代表、元駐中国特命全権大使。1946年福岡県生まれ。69年京都大学法学部卒業後、外務省入省。78年国際連合日本政府代表部一等書記官、81年在中華人民共和国日本国大使館一等書記官、83年欧亜局ソヴィエト連邦課首席事務官、85年国際連合局軍縮課長、87年大臣官房外務大臣秘書官。89 年情報調査局企画課長、90年アジア局中国課長、91年英国国際戦略問題研究所(IISS)研究員、92年外務省研修所副所長、94年在アトランタ日本国総領事館総領事。97年在中華人民共和国日本国大使館特命全権公使、2001年軍備管理・科学審議官(大使)、02年在ミャンマー連邦日本国大使館特命全権大使、04年特命全権大使(沖縄担当)、2006年在中華人民共和国日本国大使館特命全権大使。2010年退官。現在、宮本アジア研究所代表、日本アジア共同体文化協力機構(JACCCO)理事長、日中友好会館会長代行。著書に『これから、中国とどう付き合うか』『激変ミャンマーを読み解く』『習近平の中国』『強硬外交を反省する中国』『日中の失敗の本質 新時代の中国との付き合い方』『2035年の中国―習近平路線は生き残るか―』などがある。
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