軍総司令官解任から駐英大使任命へ、「ザルジニー人事」に垣間見える「チーム・ゼレンスキー」の不安と目算

執筆者:田中祐真 2024年3月15日
タグ: ウクライナ
エリア: ヨーロッパ
大統領府はザルジニー氏の名を冠した慈善基金団体が政党へ発展する可能性を懸念したとも伝えられる[ザルジニー氏を支持する集会で同氏の写真を手にする女性たち=2024年2月9日、ウクライナ・キーウの独立広場](C)EPA=時事
公式にはゼレンスキー大統領の判断を支持したNATO・欧米各国だが、このタイミングでの解任に懸念があったのは間違いない。一方で、昨年の反転攻勢ではザルジニー氏と米軍との間に深刻な見解の相違があったとも伝えられる。いずれにせよ、大統領を遥かに上回るザルジニー氏の人気は、「チーム・ゼレンスキー」にとって潜在的な不安要素であると同時に大きな強みだ。米国のウクライナ支援が先行き不透明な中、最も強力な支援国の一つである英国との関係強化にザルジニー氏があたる人事は、きわめてプラグマティックな判断だと言える。

 2月8日、ウクライナのヴォロディミル・ゼレンスキー大統領は、ウクライナ軍総司令官ヴァレリー・ザルジニー将軍を解任し、陸軍司令官であったオレクサンドル・シルスキー将軍を新たな総司令官に任じた。ザルジニーには「ウクライナ英雄」勲章が授与されたものの、国民からの人気が非常に高い同将軍の解任と、知名度は低いがゼレンスキーから気に入られているとされるシルスキーの最高司令官への就任については、ゼレンスキーとその周辺による政治的思惑に関する憶測や推測を呼んだ。その後3月7日、ゼレンスキーはザルジニーの駐英大使任命の意向を発表した。

 以前から不仲が噂されていたゼレンスキーとザルジニーの関係性は、苗字の頭文字が同じことから「『ゼ』と『ザ』」や「ふたりのZ」と称され国内外から注目を集めていた。本稿では、ロシアによるウクライナ全面侵攻から2年を前に行われたこの一大人事の経緯とこれに対する反応についてまとめたい。

解任までの経緯と背景

 ロシアによる全面侵攻の開始以降、「ゼ」と「ザ」の間での方針やスタンスの相違については以前から度々報じられてきたが、2023年の反転攻勢が満足な成果を上げられなくなって以降、特に注目されたのが、2023年11月1日に英The Economist誌に掲載されたザルジニーのインタビューであった。このインタビューにおいて同将軍は、戦争が長期化する中で次第にロシア軍優位の状況に向かっており、「ステイルメイト」(膠着状態)となりつつあるため、ドローンの活用や電子戦の強化、対砲兵戦と地雷対策への注力、そして兵員の確保の必要性を指摘した。これに対し、ゼレンスキーは記者会見の席上で「前線の状況はステイルメイトではない」とコメントし、「ゼ」と「ザ」の対立構図が取り沙汰されるようになった。

 2023年12月、ゼレンスキー大統領は、軍から50万名規模の追加動員が提言された旨発表した。そもそも動員自体が国民への負担を強いるものであり反発が予想される中、これを受けて閣僚会議(内閣)が提出した動員法案の素案が最低年齢の引き下げや出頭拒否者に対する措置、片目や片手の欠損など中程度の恒常的障害を有する第三種障害者に対する猶予の不適用などかなり厳格なものであったために大きな反感を生み、この素案は年が明けた1月に最高会議(ウクライナ議会)から閣僚会議に差し戻されるに至った。こうした中、12月26日、ザルジニーは異例の記者会見を行い、軍及び総司令官たる自身にとって重要なのは兵員を確保して任務を遂行することであるから、誰を動員の対象とするかは自身の所掌外でありこれを決めるのは中央の政府機関である旨述べ、国民から不人気な動員の責任を軍に負わせようとする動きを牽制した。

 ゼレンスキーが開戦前後に軍事分野において前面に出ることがなかったため……

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カテゴリ: 軍事・防衛 政治
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執筆者プロフィール
田中祐真(たなかゆうま) 東京大学先端科学技術研究センター特任研究員。東京外国語大学外国語学部卒業、東京大学大学院博士前期課程人文社会系研究科修了。2017年5月より2020年3月まで在カザフスタン共和国日本国大使館専門調査員、2020年4月より独立行政法人国際協力機構(JICA)東・中央アジア部専門嘱託を務めた後、2022年8月より在ウクライナ日本国大使館専門調査員。2023年9月より現職。
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