「中央アジアのロシア離れ」は本当か?――ロシア・ウクライナ戦争が浮彫りにする地域秩序の複雑性(下)

執筆者:田中祐真 2024年4月2日
カザフスタン、ウズベキスタン、キルギス、トルクメニスタンの「テュルク系4国」では、トルコとの関係強化を期待する声が強い[カザフスタンの首都アスタナ新市街中心部の一角=撮影:西山美久・東京大学先端科学技術センター特任助教)
ロシア依存を脱し地域の自律を志向する考え方は確かに強くなっているように見える。一方で水資源や領土を巡る対立や民族の違いなど、域内の連携を阻む壁も依然として存在する。各国有識者の見解は、節水技術開発や電力融通、デジタルなど、個別分野で利益を同じくする国家間の協力案件を進めていくのが、当面の間は現実的であろうという点で一致していた。こうした状況下、トルコ、中国、韓国など域外の主要アクターはいま、中央アジアにどのような足がかりを築いているのか。

 

中央アジア域内協力の可能性と障害

 今次戦争を機に中央アジア域内での各国の結びつきが強化されたかというと、微妙なところである。ロシアの現在の国際的立場に鑑みて、ロシアへの依存度を下げるべく中央アジア全体での協力を強化しようという考え方は従来より強くなっているようには見えるものの、障害も多い。

建設中のログンダム(出所:Sosh19632, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons)

 中央アジア全体での域内協力を妨げる要素の一つとして挙げられるのが、もはや「伝統的」とさえ言えそうな水資源問題である。中央アジアでは、水資源に恵まれる上流国のキルギス及びタジキスタンと、上流国からの水に頼るカザフスタン、ウズベキスタン及びトルクメニスタンとの間で、ソ連崩壊以降、水量や水質を巡る対立の構造が存在する。また、上流2カ国が資源に乏しく経済規模が小さいのに対して、下流国が化石燃料資源に恵まれ経済規模が比較的大きいことも、この対立構造に影響している。中央アジアを流れアラル海に注ぐシルダリヤ川とアムダリヤ川は、ソ連時代以降、綿花等の栽培において灌漑用水として使用されてきたが、上流国による水の消費が増加するにつれ、アラル海が急速に縮小するほど下流での水量が減少した。

 上流国と下流国の対立事案はソ連崩壊後の三十数年の間度々表面化してきた。例えば1997年には、キルギスが自国水資源を「貿易財」とみなし、これによって経済的利益を得る決議を行ったことを受け、ウズベキスタンが10万名以上の軍部隊を対キルギス国境付近に派遣したほか、ウズベキスタンが更に下流の南カザフスタン州(当時)への水量の大幅な削減を決定したことで、下流国どうしであるカザフスタンとの間でも対立を生んだ。また、1999年には、タジキスタンがカイラクム貯水池から一方的に大量の放水を実施し、これによりカザフスタン南部の綿花農場が使用できる水量が減少した。この時には、キルギスもカザフスタンからの石炭供給に不備があることを理由に、カザフスタン南部への流量を削減する措置を取っている。このように、上流2カ国は、資源に豊富な下流国に対する政治的・経済的なレバレッジとして自国の水資源を利用してきたのである。

 比較的近年の事例としては、タジキスタンのログンダムを巡る対立があった。ログンダムは完成すれば世界最大級のダムで、これによって流量に大きな影響を受けることになるイスラム・カリモフ大統領政権下のウズベキスタンとの間で深刻な対立を生んだ。ただし、ログンダムを巡っては、カリモフ大統領の急死により2016年に発足したシャフカット・ミルジヨーエフ大統領政権は建設を容認する姿勢を示しており、以降、二国間関係の改善が見られている。

 このほかにも火種となっているのが、ウズベキスタン、キルギス及びタジキスタンの3カ国が抱える領土問題である。地図を開けば一見して明らかなように、フェルガナ盆地周辺でこの3カ国の国境は複雑に入り組んでおり、多くの飛び地が存在している。この地域には伝統的に商業や農業に従事するウズベク人が多く住んでいたが、1990年6月、キルギスのオシュでキルギス人とウズベク人の民衆が衝突し、治安維持を図る警察も巻き込んで「虐殺」とも呼ばれる暴動に発展した(「オシュ暴動」)。オシュでは2010年にも1000名以上の死傷者が出る暴動が発生している。

 キルギスとタジキスタンの間では、タジク人住民を抱えるキルギスのバトケン州などで国境警備隊も巻き込んだ衝突が度々発生しており、2022年に発生した大規模衝突では多数の死者と13万名以上の避難民を出す事態に至った。

 以上のように各国の間では水資源や領土を巡って深刻な対立があるほか、民族的にも、後述のとおりカザフスタン、ウズベキスタン、キルギス、トルクメニスタンがテュルク系主体の国家であるのに対して、タジキスタンはペルシャ系と異なっている。そして、これは歴史的なステレオタイプではあるが、遊牧騎馬民族であったカザフ人、キルギス人、トルクメン人と農耕定住民族であったウズベク人、タジク人との間で気質も異なるとされる。民族系統として近いカザフ人とキルギス人の間でも気質が異なるとされ、これを指して「«понты» の無いカザフ人がキルギス人だ」や「カザフ人は «понты» 無しでは生きていけない」とも言われることがある。понтыとはロシア語のスラングで……

カテゴリ: 政治 社会
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執筆者プロフィール
田中祐真(たなかゆうま) 東京大学先端科学技術研究センター特任研究員。東京外国語大学外国語学部卒業、東京大学大学院博士前期課程人文社会系研究科修了。2017年5月より2020年3月まで在カザフスタン共和国日本国大使館専門調査員、2020年4月より独立行政法人国際協力機構(JICA)東・中央アジア部専門嘱託を務めた後、2022年8月より在ウクライナ日本国大使館専門調査員。2023年9月より現職。
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