「中央アジアのロシア離れ」は本当か?――ロシア・ウクライナ戦争が浮彫りにする地域秩序の複雑性(上)

執筆者:田中祐真 2024年4月2日
エリア: アジア
クラシックスポーツとeスポーツを組み合わせた「Games of the Future」の開幕式に出席した(左から右)カザフスタンのトカエフ大統領、タジキスタンのエモマリ・ラフモン大統領、ロシアのプーチン大統領、ベラルーシのアレクサンドル・ルカシェンコ大統領、ウズベキスタンのシャフカット・ミルジヨーエフ大統領[2024年2月21日、ロシア・カザン](C)EPA=時事/KRISTINA KORMILITSYNA/SPUTNIK
トカエフ・カザフスタン大統領が「『ドネツク人民共和国』『ルガンスク人民共和国』の『独立』を承認しない」と発言するなど、「ロシアの裏庭」と称されてきた中央アジア各国の対露姿勢に変化が生じているとの指摘がある。実際、対露制裁の影響回避や国際的なプレゼンス向上の観点では、ロシア依存を見直す必然性は高まっている。ただし、トカエフ発言はあくまでも従来からの全方位外交の範疇にあり、一足飛びに「ロシア離れ」を志向していると見るのは早計だ。中央アジア各国は対外的にも域内関係においても、一括りにできない固有の複雑性を抱えている。カザフスタン、ウズベキスタン、キルギスの3カ国で行った現地調査の結果を中心に、ロシア・ウクライナ戦争下の情勢変化をレポートする。

 2022年2月24日のロシアによるウクライナ全面侵攻(以下、「今次戦争」とする)開始以降、日本のメディアでは中央アジア諸国など旧ソ連圏の国々が「ロシア離れ」を進めており、ロシアが求心力を失っているといった論調が一部で見受けられる。しかしながら、中央アジアとロシアとの関係性は、外交においても安全保障においてもこれまで切っても切れないものであった。果たして中央アジア諸国は本当に今次戦争を奇貨として「ロシア離れ」を進めているのだろうか。

 中央アジアの現状を現地で確認するべく、筆者は、2023年11月から12月にかけカザフスタン最大都市アルマティ及び首都アスタナ、ウズベキスタン首都タシケント、キルギス首都ビシュケクへの調査出張を実施した。

 結論から述べると、少なくとも今回調査を行った上記3カ国に関して単純に「ロシア離れ」の状況にあると断ずるのはかなり不正確であり、誤解を招く表現と言わざるを得ない。また、今次戦争に限らず、各国はそれぞれ独自のスタンスを保ち、当然ながら個別の国内事情を抱えているため、多くの分野においてその「色合い」が全く異なるということにも留意すべきである。これら諸国をあらゆる文脈で一括りに「中央アジア」としてまとめて扱うことにも慎重であるべきだろう。

 本稿では、今回の調査出張で得られた情報をもとに、今次戦争の影響を中心として現在の中央アジア情勢について見ていきたい。なお、調査出張の結果詳細に関してはROLESホームページに掲載のレポートも併せて参照頂ければ幸いである。

「ロシア離れ」では括れない現実

 「ロシア離れ」の実例として日本や西側のメディアで取り上げられた事例の一つが、今次戦争の開戦直後、カスム=ジョマルト・トカエフ・カザフスタン大統領が、ウラジーミル・プーチン・ロシア大統領の面前で、ウクライナ東部の「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の「独立」を承認しない旨発言したことである。

 しかしながら、今回の調査では政府系有識者にも反体制派の有識者にも聞き取りを行ったが、立場にかかわらず一致しているのは、こうしたカザフスタンの対外的な姿勢は、ナザルバエフ時代から継続しているという見解だ。カザフスタンは従来から国連憲章の尊重を掲げており、所謂「自称国家」は一切認めない立場をとっている。アゼルバイジャンとアルメニアの間のナゴルノ・カラバフ問題においても「ナゴルノ・カラバフ共和国」の独立を認めずアゼルバイジャンの領土一体性を支持しているし、また同じ論理で台湾が中華人民共和国と不可分とする所謂「一つの中国」も支持する姿勢である。

第二次世界大戦戦勝75年を記念して2020年に新たに開園したタシケント市の戦勝記念公園。広大な敷地には多数のモニュメントや戦場を再現した展示が置かれ、また博物館の展示も充実している(撮影:筆者)

 たしかに、あえてプーチンの眼前で上記の発言を行った事実は象徴的に見えるかもしれないが、カザフスタンからすれば、今次戦争にかかわらず自国のこれまでの姿勢を保つことを改めて示したに過ぎない。カザフスタンは従前より「全方位外交」を掲げている。西側諸国と良好な関係性を保ち、ウクライナに対する人道支援も実施しているが、「全方位」ということはつまり、ロシアとの友好関係も維持するということにほかならない。カザフスタンと同様に全方位外交を掲げるウズベキスタンもウクライナに対する人道支援は行ったが、ロシアとの関係は少なくとも表向き上は変化していない。この2カ国に比して対外的な発言力の小さいキルギスも、ロシアへの姿勢を大きく変えたとは言い難い。キルギスでは2023年7月にロシア語を「公用語」としつつ、「国家語」たるキルギス語の公的機関での使用を義務付ける範囲を拡大する新たな「国家語法」が成立し、ロシア側から反発の声も上がったが、反露感情からというよりは、近年見られるキルギス・ナショナリズムの高まりを受けたものである可能性が高い。

 これら中央アジア諸国にとって今次戦争の文脈で重要なのが、対露制裁と代替的物流ルートの確保である。ロシアが制裁対象となったことで、これまで物流において多く利用されてきたロシア経由のルートが使いづらくなったため、新たな選択肢として有力視されてきたカスピ海ルートやイラン方面のルートの開拓が本格化しつつあるとされる。しかしながら、内陸国である中央アジア諸国にとって物流の多角化は従来から優先課題であったことを考えると、物流においても今次戦争を受けて「ロシア離れ」が起こっているとは言い難い。

 他方、今次戦争で中央アジア諸国、特に石油などロシア経由のルートを使用せざるを得ないカザフスタンにとって、自国が二次制裁の対象となることは絶対に回避すべき事態である。カザフスタン政府は西側の制裁に協力的であり、当局も様々な対策を採っているとされるが、ロシアとの間の長大な国境上で行われる地下取引の取り締まりには限界がある。また、開戦後にはロシア系企業の数が3倍ほどに増加しており、これら「ロシア資本によるカザフスタン登記企業」による取引も対策が難しいという。

ロシアで人気の日本食・寿司店チェーン「ヤキトリヤ」。カザフスタン・アスタナのショッピングモールにて(撮影:西山美久・東京大学先端科学技術センター特任助教)

 今次戦争に対する各国の国民の反応は国によって大きく異なる。ウズベキスタンでは、政府が今次戦争を大きく取り上げておらず、また議論の対象としていないことから、国民の関心は非常に薄い。また、ウズベク語による自国制作のテレビ番組が増加しつつあるとはいえ、ロシアのテレビ番組がかなり視聴されていることから、ロシア寄りの考え方を持つ者が多いようである。

 キルギスでは、開戦当初は世論が文字どおり二分され、親露・反露双方のデモが行われるなどし、また家庭内でもウクライナを支持する若者世代とロシア寄りの中年以降の世代とで……

カテゴリ: 政治 社会
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執筆者プロフィール
田中祐真(たなかゆうま) 東京大学先端科学技術研究センター特任研究員。東京外国語大学外国語学部卒業、東京大学大学院博士前期課程人文社会系研究科修了。2017年5月より2020年3月まで在カザフスタン共和国日本国大使館専門調査員、2020年4月より独立行政法人国際協力機構(JICA)東・中央アジア部専門嘱託を務めた後、2022年8月より在ウクライナ日本国大使館専門調査員。2023年9月より現職。
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