
ウクライナは国家の戦略方針として「欧州・欧州大西洋統合」、つまり欧州連合(EU)及び北大西洋条約機構(NATO)への加盟を目指している。このうちEU加盟に向けては、2022年6月にEU加盟候補国の地位を得た際、欧州委員会から国内改革に関わる7項目の勧告を受けた。ウクライナ政府はEU加盟交渉開始を2023年内に開始することを目標としていたが、2023年11月8日、欧州委員会は加盟交渉の前提条件となるこの7項目の履行状況に対する評価報告を発表、ウクライナの加盟交渉の開始を勧告した。
しかし、7項目のうち憲法裁判所裁判官の選考手続きやメディア分野の改革などの4項目は、欧州委員会によって履行済みと評価されたものの、民族的マイノリティに関する法整備については、汚職対策にかかる改革などと共に、そのさらなる履行に関する勧告が付されることとなった。その歴史的経緯から民族意識の比較的強いウクライナにおける言語と民族を巡る課題について概観したい。
焦点となるロシア系国民・ロシア語話者の権利確保
「民族」とは文化を共有する集団であるが、中でもアイデンティティに大きく関わるのが言語である。ウクライナの国家語(state language)はウクライナ語で、2019年施行の「ウクライナ語の国家語としての機能の確保に関する」法律(通称「言語法」)に基づき、行政、メディア、教育・科学等々においてウクライナ語が優先されることとなっている。
しかしながら、言語法は個人的なコミュニケーションを縛るものではない。ロシア系ウクライナ人が人口の2割弱を占めることや、ウラジーミル・プーチン露大統領が侵攻当初に「ロシア語系住民の保護」を掲げていたことからも明らかなように、ウクライナでは東・南部及び都市部を中心に、ロシア語が民族を問わず広く通用する。個人や家庭によっては、民族的にウクライナ人であっても、母語及び日常会話の言語がロシア語で、ウクライナ語は学校で学んだだけという者もいる。ユダヤ系であるヴォロディーミル・ゼレンスキー大統領の第一言語も本来はロシア語であった。彼は2017年頃からウクライナ語学習に本腰を入れ、……

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