ウクライナのオリガルヒと汚職――EU加盟に立ちはだかる「非公式制度」

執筆者:松嵜英也 2023年4月25日
タグ: ウクライナ
エリア: ヨーロッパ
反汚職改革を推進させているゼレンスキー大統領だが、汚職を根絶すれば万事うまくいくのかというと疑問も残る(C)EPA=時事
 
ウクライナ政治を理解するうえで欠かせないのが、政治家と癒着して莫大な富を築いてきたオリガルヒの存在だ。EU加盟を目指すゼレンスキー大統領は汚職の撲滅を掲げて「反オリガルヒ法」を制定するなど対策を進めるが、抜本的な構造改革は一朝一夕には進まない。アフメトフ、コロモイシキー、フィルタシュという代表的な人物を紹介しながら、オリガルヒという構造的問題について解説する。

ドラマ「国民のしもべ」にみるオリガルヒ

 2022年2月のロシアのウクライナ侵攻以降、ヴォロディミル・ゼレンスキー大統領にスポットライトが当たるにつれて、話題になったウクライナのドラマがある。「国民のしもべ」である。このドラマでは、ゼレンスキー演じる歴史教師のゴロボロジコが、腐敗したウクライナ政治に怒りを爆発させる動画がSNSで拡散され、一躍時の人となったゴロボロジコが選挙に立候補して大統領になり、政治改革を行うというストーリーだ。

 このドラマで人気を博したゼレンスキーはその後、ドラマのタイトルと同じ名称の「国民のしもべ」党を支持母体に2019年の大統領選に出馬し、現実に大統領となった。「国民のしもべ」は現在ウクライナの与党である。 

 このような経緯から、「国民のしもべ」はゼレンスキーの背景を理解するうえで注目されることが多いが、ウクライナ政治を理解するうえでも示唆に富む。ドラマでゴロボロジコ大統領は、政治に影響を及ぼそうとする大富豪のオリガルヒ(新興財閥)達から何かと妨害を受けながら、私的な利得のために権力を侵害するという意味での汚職の根絶を目指して改革案を打ち出し、奮闘する。後述のように、現実のウクライナ社会でも、汚職やオリガルヒは長く続く根深い問題であり、ゼレンスキー大統領も反汚職改革を推進させている。このドラマはこうした現実社会を反映しており、「社会の害悪」として描かれるオリガルヒは、こんにちのウクライナ政治を理解する上で欠かせない。

 では、そもそもオリガルヒとは、如何なる存在なのだろうか。本稿では、ドラマの内容や近年の研究成果を踏まえながら、オリガルヒの実態やそれが政治に果たした役割などを浮き彫りにする。

代表的なウクライナのオリガルヒ

 「国民のしもべ」では、ロイズマンとネムチャック、リュステムという3人のオリガルヒが登場する。彼らは自分たちの所有する石油会社や港を賭け金にしてテーブルゲームに興じながら、ゴロボロジコ政権を如何に操るか、はかりごとをする。しかし、ゴロボロジコが買収に応じないと分かると、今度は閣僚に賄賂を渡したり、醜聞を探したり、ハニートラップを仕掛けたりと、あの手この手を使って彼を失脚させようとする。他方、オリガルヒの息のかかった首相や議員、官僚たちは、オリガルヒの操り人形である。議員は、オリガルヒの合意なしには法案の可決や人事の決定などを行えず、たとえ夜になっても、議場でオリガルヒからの電話を待ち続ける。

 これは、もちろん架空の話である。だが、このような政治権力と癒着する政商達は、実際のウクライナにも存在する。その起源はソ連末期に遡り、国有財産の私有化の過程で一部の実業家達が富を蓄えたことに始まる [Konończuk 2015; Rohozinska and Shpak 2019]。市場経済が漸進的に導入され、企業活動の見直しや所有の多元化が進む中で、一部の実業家たちはそれをビジネスチャンスと捉えて、財を築いたのである。

 オリガルヒ自体は他の国にも存在するが、ウクライナの場合には、特定の経済セクターの独占、政治活動への参加、メディアに対する影響力の保持という特徴がある。オリガルヒが所有するメディアは、オーナーや関連する政治家に都合の悪い内容を流しにくく、オリガルヒが世論に与える影響は決して小さくなかった。

 これまで、数多くの政商が出現してきたが、なかでもリナト・アフメトフイーホル・コロモイシキードミトロ・フィルタシュは莫大な資産を保有し、政治に大きな影響を及ぼしてきたと言われている [Wilson 2015; Konończuk, Cenușă & Kakachia 2018; 松嵜 2022]。

リナト・アフメトフ(1966年~)

アフメトフの総資産は44億ドルと言われる(C)AFP=時事
 

 例えば、アフメトフは、1966年にドネツィクで生まれ、ドネツィク国立大学を卒業後、石炭エネルギーやガス、農業、メディア、通信などの90以上の企業を傘下に入れるSCM持株会社を設立した。そのなかには、ロシア・ウクライナ戦争で激戦地となったアゾフスターリ製鉄所も含まれている。またアフメトフは、ヨーロッパ屈指の……

この記事だけをYahoo!ニュースで読む>>
フォーサイト最新記事のお知らせを受け取れます。
執筆者プロフィール
松嵜英也(まつざきひでや) 津田塾大学学芸学部国際関係学科准教授。1987年生まれ。上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科国際関係論専攻博士後期課程単位取得満期退学、博士(国際関係論)。2023年より現職。著書に『民族自決運動の比較政治史 クリミアと沿ドニエストル』がある。
  • 24時間
  • 1週間
  • f
back to top