ウクライナはNATOに加盟できるのか(上):ヴィリニュスの矛盾と誤解

執筆者:鶴岡路人 2023年8月14日
エリア: ヨーロッパ

ウクライナ加盟に向けて明確な「道筋」を示せるかが焦点だった[ウクライナのゼレンスキー大統領との会談に臨むバイデン米大統領(右)=2023年7月12日、リトアニア・ヴィリニュス](C)AFP=時事

ウクライナが将来加盟国になることについては、2008年4月のブカレスト首脳会合ですでに合意されている。ゆえに原則として、NATO内に「反対派」は存在していない。だが、ヴィリニュス首脳会合では米バイデン大統領の慎重姿勢が際立った。米国は何を恐れ、NATO内での孤立を指摘されながらもブレーキ役になったのだろうか。(本稿後篇の〈問われる「宙ぶらりんのウクライナ」の合理性〉はこちらからお読みになれます)

 7月11日、12日にリトアニアの首都ヴィリニュスで開かれたNATO(北大西洋条約機構)首脳会合では、ウクライナの加盟問題の扱いが主要議題の一つだったものの、結果として具体的な進展はほとんどなかった。武器供与の強化や長期的な支援へのコミットメントに関しては一定の成果があり、全体としてはウクライナにとっても得るものが多かったが、加盟問題について、進展の欠如以上に問題だったといえるのは、誤解に基づく議論やすれ違いの多さだったかもしれない。

 ウクライナのNATO加盟問題が、ウクライナさらには欧州安全保障体制の将来を占ううえで重要な論点を多数含んでいることに鑑みれば、誤解やすれ違いを放置しておくわけにはいかない。そこで、上・下と2回に分け、ヴィリニュス首脳会合の結論文書(首脳コミュニケ)とそこに至る議論を中心に、何がいま問われているのか、そしてこの問題のゆくえがNATOや欧州安全保障体制の将来に何を意味するかについて検証することにしよう。

 結論を先取りすれば、ウクライナは確実にNATO加盟に近づいているものの、ウクライナを加盟国として受け入れるNATO側の準備が遅れていることが露呈している状況にある。今後NATOは、ウクライナを迎え入れることの自らにとっての意味について問うていくことがさらに必要になりそうだ。

ウクライナをNATOに追いやったロシア

 今日のウクライナをみれば、NATO加盟が政府のみならず国民に圧倒的に支持されている状況が明らかである。各種世論調査ではNATO加盟支持が8割以上であることが多い。例えばウクライナの調査機関Ratingが実施した調査――「今日国民投票が実施されるとしてNATO加盟を支持するか」との質問――によれば、「NATO加盟に投票」と答えた割合は、2022年4月の59%から、同6月の72%、2023年2月の82%と上昇している。

 2022年2月からのロシアによる全面侵攻直後と比べても、上昇が顕著である。同年3月末頃には、ロシアとの停戦合意と引き換えにNATO加盟を断念するという案が語られていた。国民の間でもそれを受け入れる意思が当時は存在していたとも受け取れるが、その後、ロシアによる残虐行為が続くなかで、ウクライナの平和と安全のためにはNATO加盟がやはり不可欠であるとの認識が国民の間でも高まったという流れである。

 それでも、NATO加盟へのウクライナ国民のこのような高い支持が、最近の現象に過ぎない点は改めて強調しておく必要がある。2000年代、NATO加盟支持はおおむね20%前後で推移していたのである。NATOは2008年4月のブカレスト首脳会合でジョージアとウクライナが「将来加盟国になる(will become members)」と表明し、当時のヴィクトル・ユシチェンコ大統領はNATO加盟に向けて積極的に動いていた。一方で、当のウクライナ国内でNATO加盟への国民の支持は低迷していたのである。

 それが大きく変化するのは、2014年3月のロシアによるクリミアの違法且つ一方的な併合と、その後のドンバス地方への介入の後である。国土の一部が奪われたこと、およびドンバスでは戦闘によって犠牲者も多数出たことで、反ロシア感情が拡大した。加えて、クリミアやドンバスといった相対的にはロシアとの関係を重視する市民の多かった地域がウクライナから事実上切り離されたことにより、世論のバランスが西側志向に傾いたという側面も指摘できる。

 こうした経緯を踏まえれば、ロシアの行動がウクライナをNATOに追いやったという他なく、ウラジーミル・プーチン大統領はまさに自らが作り上げた敵と戦っているという構図だ。これが出発点である。

2つの大前提

 そのうえで、ウクライナのNATO加盟問題を議論する際に前提となる重要な前提が2点ある。

 第1に、前述のとおりNATOは、2008年4月のブカレスト首脳会合ですでに、ウクライナが将来加盟国になることについて合意している。その後のNATO首脳会合や外相会合はこの合意を繰り返し確認している。つまり、ウクライナの加盟は原則論としてはすでに合意事項であり、問題になっているのは加盟「するか否か(whether)」ではなく、「いつ(when)」と「どのように(how)」である。

 加盟「賛成派」と「反対派」という区分けは、メディアでの議論の色分けとしてはわかりやすいものの、NATOのなかでウクライナの加盟に原則として反対する政府はない。そうでなければ、ブカレストの決定を再確認する首脳会合文書が何度も採択されるはずがない。ただし、指導者個人での異なる考えや、NATOの方針をブロックしない範囲での慎重姿勢は当然存在する。

 第2に、ロシアとの戦闘が現に継続している最中にウクライナが加盟することは現実問題としてあり得ない。この点についてもNATO内にはコンセンサスがある。より早期の加盟を主張するバルト諸国やポーランド、さらにはウクライナ自身も、現在のようなかたちで戦争が続くなかでの加盟を求めているわけではないし、できるわけもないと認識している。

 北大西洋条約第5条の集団防衛条項に照らせば、仮に戦争中にウクライナが加盟した場合、その日のうちに集団防衛が適用され、NATOとロシアが交戦状態に陥りかねないからである。このリスクを負う覚悟がNATO側にないのは当然である。

 欧州のなかでも最もロシアに厳しい姿勢をとる国の一つでウクライナのNATO加盟問題でも先頭に立つエストニアのカヤ・カラス首相も、「誰もすぐに戦争になることを望んでいない。戦争が続いているなかで第5条の保証を拡大することを誰も望まない。そのため[拡大は]戦争終結とリンクしており、[これ以上のことを]文書に明記するわけにはいかない」として、後述するヴィリニュス首脳会合の結果を擁護した。

 NATOが拡大問題への論点整理として1995年9月に発表した「NATO拡大に関する研究」と題された文書は、加盟前に領土などをめぐる国際紛争を平和裡に解決することの重要性を強調している。そして、そうした紛争の解決が加盟条件だとは明記しなかったものの、加盟招請の判断にあたっての決定要素になると指摘した。ただし、ここで想定されていたのは、旧ユーゴスラヴィアのような民族紛争だったと思われる。

すれ違った議論

 上記を踏まえれば、当初から、第1にウクライナが将来NATOに加盟することを確認するのみでは新たな前進とはいえないこと、そして第2に今回の首脳会合でウクライナへの加盟招請がなされることがあり得ないことは明らかだったといえる。

 そのため、実際の焦点はウクライナの加盟に向けていかなる明確な「道筋」――pathwayないしroadmap――を示すことができるかであった。しかし、それへの慎重派とされた米国のジョー・バイデン大統領は、少なくとも公の場では、「加盟を投票にかけるようなことは時期尚早だ」、「戦争が続くなかでウクライナをいま、NATOの家族にすることに全会一致があるとは思わない」などの言葉に終始したのである。戦争中の加盟があり得ないことはコンセンサスであり、これでは道筋を示すことへの噛み合った反対論にはならない。

 他方で加盟推進の積極派も、明確な道筋が具体的に何を意味するのかを必ずしも具体的には示すことができず、そしてそれがウクライナの満足するものであったかも不明確だった。例えば、アナス・フォー・ラスムセン前NATO事務総長は、2024年7月にワシントンで予定される次のNATO首脳会合での拡大に関するレビューの表明を提唱していた。加盟条件の達成状況を外相会合に指示する案もあった。しかし、いずれにしてもそれぞれの段階で、ウクライナの加盟問題が前進するかはその時に同盟内でコンセンサスが形成されるか次第であり、事前に加盟へのスケジュールを明示することはできない。

米国は何を恐れたのか

 それでは米国は何に反対していたのか。……

カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
鶴岡路人(つるおかみちと) 慶應義塾大学総合政策学部准教授、戦略構想センター・副センター長 1975年東京生まれ。専門は現代欧州政治、国際安全保障など。慶應義塾大学法学部卒業後、同大学院法学研究科、米ジョージタウン大学を経て、英ロンドン大学キングス・カレッジで博士号取得(PhD in War Studies)。在ベルギー日本大使館専門調査員(NATO担当)、米ジャーマン・マーシャル基金(GMF)研究員、防衛省防衛研究所主任研究官、防衛省防衛政策局国際政策課部員、英王立防衛・安全保障研究所(RUSI)訪問研究員などを歴任。著書に『EU離脱――イギリスとヨーロッパの地殻変動』(ちくま新書、2020年)、『欧州戦争としてのウクライナ侵攻』(新潮選書、2023年)など。
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