ウクライナはNATOに加盟できるのか(下):問われる「宙ぶらりんのウクライナ」の合理性

執筆者:鶴岡路人 2023年8月14日
タグ: NATO ウクライナ
エリア: ヨーロッパ

ウクライナは数十年にわたってNATOとロシアの間で「宙ぶらりん」の状態に置かれていた[2023年7月12日、ウクライナ・キーウ]

実現時期は不明でも、ウクライナのNATO加盟は徐々に既成事実化してきている。いま認識を深めるべきは、それによって達成できるNATOにとっての利益だろう。ロシアとの間の緩衝地帯のような「宙ぶらりん」の地域があった方が好都合か、あるいはそれがむしろ侵攻などを招くのか、究極的にはその判断が問われてくる。また、停戦をめぐるウクライナの「費用便益計算」にも、NATO加盟問題は大きな影響をおよぼすはずだ。(本稿前篇の〈ヴィリニュスの矛盾と誤解〉はこちらからお読みになれます)

 2023年7月11~12日のヴィリニュスでのNATO首脳会合は、ウクライナのNATO加盟問題については、ほとんど前進をすることができなかった。それどころか、議論のすれ違いを含めて、この問題の困難さが浮き彫りになった。(下)では特にウクライナの加盟条件に関する議論を出発点に、ウクライナを加盟国として受け入れるにあたってのNATO側の課題について分析する。

加盟「条件」とは何か

 NATO加盟には条件が存在する。これは当然のことである。NATOが、一つの加盟国への攻撃を全体への攻撃とみなして相互支援することを誓った集団防衛の同盟である以上、誰でも入れるわけではないのも驚くべきことではない。(上)で触れたように、NATOは1995年の段階から、加盟にあたっての条件に言及してきた。

 加盟条件には、大きく分ければ政治や価値の側面と軍事的側面が存在する。前者については、民主制度の確立が大前提となり、軍との関係では文民統制や軍事予算の透明化を含む、国防部門改革が条件になる。これには汚職対策も含まれる。バイデン大統領やジェイク・サリヴァン国家安全保障問題担当大統領補佐官もこれらに言及している。

 同時に、軍事面では相互運用性(interoperability)と装備品の標準化(standardisation)が鍵となる。NATO諸国による武器支援には、現在行われている戦闘において必要なものの供与という要素と、長期的にウクライナの防衛能力、さらには抑止力を強化するための支援という要素が併存している。特に後者においては、ウクライナ軍をNATO基準の軍隊につくり替えることが目指されている。これこそが最も具体的なNATO加盟準備であり、政治的な文言が停滞したとしても、現場での準備は進むという構図が存在する。ヴィリニュス首脳コミュニケでも、「NATOとの完全な相互運用性への移行」への支援が言及されている(第13パラグラフ)。

 同コミュニケは同時に、(上)でも触れたように、年次国別計画(ANP)に基づく進捗レビューを外相会合で実施するとも述べている。ANPの作成は2008年12月のNATO外相会合で決定され、翌2009年8月のNATO・ウクライナ間の文書により両者の間で合意されている。時期によりこのプロセスの進展具合には変化があっても、ANPは加盟条件の達成状況をレビューするための枠組みとして機能してきた。2022年以降に急に始まったのではない。

コミュニケーションのすれ違い

 他方、そうした実務面はともあれ、これまでバイデン大統領を含めたNATO諸国の指導者は、ウクライナは自国の領土と主権、自由のみならず、欧州全体、さらには世界の自由を守っているとして、ウクライナを支援してきたのである。民主主義対専制主義というこの戦争のフレーミングもこの文脈である。そして指導者としてのゼレンスキー大統領をある意味持ち上げてきたのである。

 にもかかわらず、NATO加盟問題を議論する段階になった途端にウクライナの民主主義には問題があり、NATO加盟の基準を満たさないことが強調されるようでは、ウクライナにとっては梯子を外されたようなものである。

 首脳コミュニケの文言を知ったゼレンスキー大統領が、ヴィリニュスでの首脳会合への道中から、「加盟招請にも加盟にも時間軸が設定されないなど前例がなく馬鹿げている(unprecedented and absurd)。さらに同時に、ウクライナ招請にあたっての『条件』などという曖昧な文言が追加されている」とかなり強い語調でツイートした背景にも、そうした感覚があったはずだ。素直な感情の吐露である。

 侵略を受け日々国民と国土の犠牲を出しながら戦っている国の指導者として、この反発の気持ちは理解できる。他方で、加盟にあたって「条件」が存在することは上述のとおり新しいことでは全くない。ANPの詳細は首脳レベルが扱うものではなかったかもしれないが、NATO加盟を目指すゼレンスキー大統領が加盟のための条件とそのためのウクライナ自身による改革努力について全く知らなかったとは考えられない。

 これもコミュニケーションの不幸なすれ違いの事例だったといえる。実際、ゼレンスキー大統領のツイートは米政府を含め、NATO諸国の当局者に強い反発を呼び起こすことになり、これを受けて首脳コミュニケの文言をさらに後退させるべきとの声まで挙がったと報じられている

準備不足を露呈したNATO

 そうした感情的なしこりの部分はありながらも、全体として振り返った場合に、ヴィリニュス首脳会合に至る過程で新たに明らかになったのは、ウクライナ側の問題である以上に、ウクライナを加盟国として迎え入れるにあたってのNATO側での準備不足だった。ウクライナの加盟問題がNATOにとっての重要課題であることが認識されつつ、その進め方に関して全くコンセンサスがないばかりか、盟主である米国が最も慎重姿勢をとっているという構図だからである。

 ただし、NATOとウクライナの関係をめぐる1990年代や2000年代からの経緯を考えれば、これは驚きではないし米国の立場が特殊なわけでもない。ウクライナがNATOに加盟するには、全てのNATO加盟国がウクライナの安全にコミットする必要がある。NATOにおける集団防衛は「義務」であり、ウクライナへの攻撃を自国への攻撃だとみなして共に戦うことになる。NATO諸国の側にこの用意がまだないのは想像に難くない。……

カテゴリ: 政治 軍事・防衛
フォーサイト最新記事のお知らせを受け取れます。
執筆者プロフィール
鶴岡路人(つるおかみちと) 慶應義塾大学総合政策学部准教授、戦略構想センター・副センター長 1975年東京生まれ。専門は現代欧州政治、国際安全保障など。慶應義塾大学法学部卒業後、同大学院法学研究科、米ジョージタウン大学を経て、英ロンドン大学キングス・カレッジで博士号取得(PhD in War Studies)。在ベルギー日本大使館専門調査員(NATO担当)、米ジャーマン・マーシャル基金(GMF)研究員、防衛省防衛研究所主任研究官、防衛省防衛政策局国際政策課部員、英王立防衛・安全保障研究所(RUSI)訪問研究員などを歴任。著書に『EU離脱――イギリスとヨーロッパの地殻変動』(ちくま新書、2020年)、『欧州戦争としてのウクライナ侵攻』(新潮選書、2023年)など。
  • 24時間
  • 1週間
  • f
back to top