日本の未来に「東北の体験」をどう織り込むか

執筆者:吉野源太郎 2011年5月23日
タグ: 日本
エリア: アジア
扇洞にある正寿院。左手の石碑に犠牲者の名前が刻まれている。(以下すべて筆者撮影)
扇洞にある正寿院。左手の石碑に犠牲者の名前が刻まれている。(以下すべて筆者撮影)

 岩手県大船渡市三陸町の海沿いの高台に吉浜字扇洞(おうぎほら)という集落がある。人口1000人余り。ここは東北3県の海岸にあって、今回の震災で犠牲者、家屋被害ともほとんどなかった珍しい地域だ。  集落の中心にある正寿院(写真)という曹洞宗のお寺に、この奇跡の由来を物語る石碑が建っている。建立は1900年(明治33年)4月。歳月を経て碑面はかすれているが、「嗚呼、惨哉、海嘯」と読める文字の下に210人の名前が彫り込まれている。1896年に、この集落の前身「吉浜村」を襲った明治三陸大津波の犠牲者だ。旧制盛岡中学の学生だった石川啄木が修学旅行でここを訪れ石碑を見て泣いた、と同行の友人の日記にあるそうだ。

カテゴリ: 政治 社会
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執筆者プロフィール
吉野源太郎(よしのげんたろう) ジャーナリスト。1943年生れ。東京大学文学部卒。67年日本経済新聞社入社。日経ビジネス副編集長、日経流通新聞編集長、編集局次長などを経て95年より論説委員。2006年3月から2016年5月まで日本経済研究センター客員研究員。デフレ経済の到来や道路公団改革の不充分さなどを的確に予言・指摘してきた。『西武事件』(日本経済新聞社)など著書多数。
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