「民意」「経済」「習近平」:長官選挙後の香港を占う「3つのファクター」

執筆者:樋泉克夫 2017年3月30日
エリア: アジア

 3月26日午前9時に始まった香港行政長官選挙投票は、同11時に締め切られた。1200人の選挙委員のうち欠員と棄権を除く1163人が投票し、現在の梁振英長官の下で香港政府No.2の政務司司長を務め、中央政府の支持を受けた林鄭月娥(キャリー・ラム)が777票を獲得し、大方の予想通り当選を果たした。1997年の返還から数えて20年にして初の女性長官の誕生であり、台湾の蔡英文総統に続き、周辺中華圏では2人目の女性首長ということになる。

伸びなかった得票数

 ここで改めて歴代長官選挙当選者の得票数を見ておくと、初代長官に就任した董建華は1996年に行われた第1回選挙では320票(当時の選挙委員会定員は400人で80%)、2回目の2002年には709票(増員された800人の88.6%)、次の曽蔭権は2007年に649票(81.1%)、現在の梁振英は2012年に689票(増員された1200人中の60.9%)を獲得し当選している。
 今回の林鄭の777票は1200票の65%に当り、得票率でいうなら前回の梁よりは上回っているが、董建華あるいは曽蔭権を大幅に下回る。前回2012年の選挙では経済界、ことに不動産開発業界が梁振英と唐英年の両候補支持に2分されたが、今回は同業界を代表する李嘉誠(長江実業地産・長江和記実業)や呉光正(九龍倉集団・会德豊)が事前に林鄭候補への投票を公言するなど1本化が図られたことで林鄭が得票数を伸ばしたとの指摘もある。だが、中央政府と香港経済界、さらには多くの親中派職能団体の支持を得ていたにしては、得票数が予想外に伸びていない。
 一方、林鄭候補と同じく梁振英長官の下で香港政府No.3の財政司司長を務め、一時は習近平主席の“意中の人”などと報じられることのあった曽俊華(ジョン・ツアン)は選挙戦当初から中央政府の支持を得られなかったものの、民主派や反中派の熱い支持を基盤に選挙戦を進め、最終的には365票(得票率は約30%)を獲得している。だが、反中派のメディアが事前に期待値を込めて報じていた400票には及ばなかった。
 残る胡国興候補だが、最初から泡沫扱いに近く、公正で民主的な選挙を装う“添え物”とも見られていた。選挙結果を受けて林鄭支持を打ち出している点からして、彼に投じられた21票が積極的な反中央の意思を表しているというわけでもなさそうだ。

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執筆者プロフィール
樋泉克夫(ひいずみかつお) 愛知県立大学名誉教授。1947年生れ。香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士課程を経て、外務省専門調査員として在タイ日本大使館勤務(83―85年、88―92年)。98年から愛知県立大学教授を務め、2011年から2017年4月まで愛知大学教授。『「死体」が語る中国文化』(新潮選書)のほか、華僑・華人論、京劇史に関する著書・論文多数。
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