
ドナルド・トランプ米大統領が仕掛ける「関税戦争」を前に浮き足立つ日本の石破政権とは余りにも対照的に、本稿執筆時(4月末)でも中国政府は一向に動ずる気配をみせない。むしろ一歩も退くことなく対決姿勢を前面に押し出しているほどだ。2012年に中国の最高指導者の地位に就いて以来、習近平国家主席は年を重ねるに従って強硬姿勢を増すばかり。いったい、どのような思想信条を根拠としているのか。
1972年に世界が驚愕した「ニクソン訪中」を実現させ、その後の米中関係に様々な影響を与え続けたヘンリー・キッシンジャー(1923~2023年)は『キッシンジャー回想録 中国(上下)』(岩波書店、2012年)において中国の指導者の政治姿勢を世代で分け、「文化大革命による社会崩壊の時期に成人となった中国の指導部世代にとって、この理論(「平和的台頭」と「調和の取れた世界」)が描いているのは、魅力的に見える大国への道筋だった」と語る。これに対し、「経済的台頭」に加え「軍事的台頭」が必要であるという主張は「文化大革命を未成年期に乗り越えた世代の姿勢が反映されたものなのか」と綴っている。
このキッシンジャーの考えに従うなら、文革(1966~76年)を成人として経験した胡錦濤(1942年~)に較べて10歳ほど若い習近平(1953年~)であればこそ、「経済的台頭」に加え「軍事的台頭」を求める路線を突き進むことは想定の範囲内であった、と捉えることもできる。あるいは習近平政権が掲げた「中華民族の偉大な復興」「中国の夢」とは、「文化大革命を未成年期に乗り越えた世代」にとって「大国への道筋」の別の表現とも思える。
「文化大革命を未成年期に乗り越えた世代」の政治的な思考や振る舞いの骨格は文革期に涵養されと考えられるが、ならば彼らはどのような政治的・思想的環境で過ごしたのか。その辺りを当時の出版物を手掛かりに探ることは、今後の習近平政権の動向を占うことにもつながるはずだ。
最高指導者に無条件に従う
まず習近平政権の政治姿勢に一貫して色濃く感じられる徹底した「党の一元的領導」についてだが、その名もズバリの『加強党的一元化領導』が1974年に文革派メディアの総本山でもあった上海人民出版社から出版されている。
表紙を開くや「労働者、農民、商人、学生、兵士、政府、党の七部門において、党こそが一切を領導する」との『毛主席語録』の一節が目に飛び込んでくる。つまり「偉大なる領袖」である毛沢東が説く「党の一元的領導」とは、「労働者、農民、商人、学生、兵士、政府」の上に「党」が君臨し、一切を統御することを意味するようだ。
「党の一元的領導」とはプロレタリア階級の革命を勝利に導く極めて重要なカギであり、そこから「なにが党の領導を利し、なにが逸脱・弱体化させるかを明確に弁別し、党の一元的領導を維持し強化すべく自覚性を不断に高め、共産党員が持つ先鋒模範という役割を十二分に体現し、党組織が具えるプロレタリア先鋒隊としての核心的働きを発揮し、〔中略〕毛主席の革命路線に沿って、プロレタリア階級の革命を徹底的に推し進めよう!」との原則が導かれる。
以上の総論に沿って各論が詳細に説かれているが、要するに「党の一元的領導」とは党の一切が「中央」、つまり最高権力者(=毛沢東)に無条件に従うことであり、「党における民主集中制」とは上意下達の徹底にほかならない。
ここに、習近平総書記(国家主席)を「中央」とする現在の一強体制の原点が認められるのではなかろうか。
経済と科学で世界水準に到達しなければならない
文革期、重要問題に関する党の公式見解は『人民日報』(共産党機関紙)、『紅旗』(同理論雑誌)、『解放軍報』(人民解放軍機関紙)の三者による共同社説の形で発表され、年頭の共同社説によって、その年の共産党政権の基本方針が明らかにされていた。
『沿着毛主席革命路線勝利前進』(香港三聯書店、1971年)は1971年の共同社説を解説しているが、「わが国各民族人民は社会主義革命と社会主義建設、全世界人民はアメリカ帝国主義と社会帝国主義に反対する闘争――高まる二筋の潮流のなかにあって、戦闘的な1971年を迎えた」と、冒頭から異常なまでの高揚感に充ち溢れている。

「フォーサイト」は、月額800円のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。