テスラ充電規格「NACS」でEV制覇へ「王手」の衝撃――フォード、GM、日産らが続々採用

執筆者:野辺継男 2023年8月9日
タグ: EV テスラ
エリア: 北米
充電はEVの様々なデータを収集するための機会でもある[スーパーチャージング・ステーションで充電するテスラのEV=2023年6月22日、アメリカ・カリフォルニア州ホーソーン]
米国で、日米欧の自動車大手がこぞって「NACS」になびいている。一般にはこれまでさほど注目されなかった非競争領域の「充電プラグ」が、そこに込められた技術によってデファクト標準を打ち立て、クルマ市場の競争環境を一変させる。我々がいま立っているのは、そんな劇的なレジームチェンジの入り口かもしれない。

 電気自動車(BEV)世界最大手の米テスラが北米の充電インフラの技術力で他社を圧倒し、北米のEV充電規格の標準化に動き出した。昨年11月にテスラが規格を公開した「NACS」(北米充電規格=North American Charging Standard)を、フォードモーターやゼネラルモーターズ(GM)が2025年以降に投入するEVで標準仕様にすると発表したのだ。メルセデス・ベンツグループや日産自動車もこれに続いた。自動車メーカーだけでなく、米充電サービス企業など多くの関連企業も追随してテスラの規格採用を表明しはじめている。

 テスラCEO(最高経営責任者)のイーロン・マスクはEVの「非競争領域」だった“充電”を「競争領域」に変え、一気にドミノ倒しに持ち込んだようだ。

米政府もテスラを支持

 米国でのEVの購入は今年1~5月で登録台数44万7514台(前年同期比68%増)。これは市場全体のわずか約7%にすぎず、中国のEV比率22%、欧州の同13%よりも低い。

 さらに米国で次の車としてEVの購入を検討する可能性が「非常に高い」と答えた顧客は、2022年の24%から23年は26%と増加したものの、その割合は緩やかだ。米市場調査会社J.D.パワーによれば、EVの購入を断念した顧客の49%が、主な理由として「充電スタンドがない」と答えている。

 中国や欧州に比べると、米国はEV化のスタートが遅く、消費者の意識もまだ低いといえる。それでもバイデン政権は気候変動危機を掲げたEVシフトに本気だ。21年8月に、EVやプラグインハイブリッド車(PHEV)、燃料電池車(FCV)の新車販売比率を2030年までに50%にすると表明。インフラ投資・雇用法(Infrastructure Investment and Jobs Act)やインフレ抑制法(Inflation Reduction Act:IRA)を成立させ、EVの推進を加速させている。

 21年11月に署名したインフラ投資法で米全土の公共EV充電ステーション整備に75億ドル(約1兆円)の財政を投入することも米国上院超党派で合意された。

 今年1月、米政府はテスラに対し、EV普及に向けた充電ネットワークの整備に向け、テスラ車専用の充電ネットワーク「スーパ-チャージャー」を他社のEVでも使えるようにするよう依頼した。2月15日に政府は、「テスラは米国内の充電ネットワークを倍増し、テスラ以外のEVにも開放する」と発表を行い、「連邦政府のEV充電インフラへの75億ドルの資金援助を受けるには、複数の充電ネットワークに対応することが条件」と公表した。

 5月25日にまずフォードがテスラのNACSの採用を表明し、6月8日にはGMも追随。GMのメアリー・バーラCEOは、NACSが北米における新しい標準になると宣言した。そして米政府は6月9日、「より多くのドライバーが、テスラのスーパーチャージャーを含む、より質の高い充電を利用できるようになることは、一歩前進だ」と述べた。

 そして、決定打は6月27日、米国の非営利団体で自動車技術の専門家から構成される「SAE(自動車技術者協会)」が、「NACSコネクターを標準化する」と発表したことだ。これにより、どのサプライヤーやメーカーも、北米全域のEVや充電ステーションでNACSコネクターを使用、製造、展開できるようになった。NACSは「J3400」と命名され、年内に詳しい仕様がSAEによって策定される可能性が高い。

 この間、米新興EVのリビアンやスウェーデンのボルボ、ポールスターなど自動車会社の他、チャージポイント、ブリンク、EVゴー、エレクトリファイ・アメリカなど米国の主要充電サービス事業者がNACS採用を発表。7月にも、独メルセデス・ベンツ、日産自動車、ホンダや独BMWグループなどの自動車大手7社連合が、それぞれ米国NACSに対応することを発表している。

10年先を見据えた充電規格

 NACSは、米国で現在テスラ以外で一般的に使われている充電規格のCCS-1コネクターよりスリムで、2倍の出力が可能だ。これに先立ち、昨年7月に公開したテスラの最新スーパーチャージャー(V4=ヴァージョン4)は、ピーク充電を実効300~350キロワット(現在の論理値は最大615キロワット、将来的に900キロワット)にアップグレードする方向で進めている。また、NACSは他の規格と異なり、交流での低速充電にも同じプラグで対応できる。

 すでに10年以上にわたって使用され、充電走行距離にして200億マイル(320億キロメートル)相当の実績を持つテスラの充電ネットワークは、北米で最も高い信頼性を持つ。カリフォルニア州のサンフランシスコ・ベイエリアを対象に行われた最近の調査でも、テスラの急速充電システムで問題があったのはわずか4%に対して、EVゴーとエレクトリファイ・アメリカの充電器では、その4分の1以上が機能しなかったという。他の地域でも同様の報告がある。

 こうしたテスラの充電技術の高さと市場展開の圧倒的速さに対し、CCS-1やチャデモといった充電規格の次世代高速充電の仕様決定は遅れていた。

 クルマのデザイン・設計には3年前後を要するため、クルマ会社にとってEV充電規格の早急な仕様決定は重要だった。EVのプラグ仕様はクルマ側の設計を変更しなくてはならず、少なくとも10年以上使われる必要がある。また、充電器側は10年後を想定して次世代の充電規格は最大900キロワットまで対応できるように設定しておく必要がある。

 実際、テスラのスーパーチャージャーは過去10年で4世代進化している。フォードとGMのようにNACSを採用すれば、全米で1万2000基以上が普及しているテスラのスーパーチャージャーにアクセスでき、充電できる場所が一気に拡大する。

ただし、NACSは他社にとって諸刃の剣

 一方で、NACSを採用するGMやフォードにとっては“いいことずくめ”なのだろうか。必ずしもそうとは言い切れない。……

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執筆者プロフィール
野辺継男(のべつぐお) 名古屋大学未来創造機構客員教授 1959年東京生まれ、早稲田大学卒、ハーバード 大学院Alumni  &  Fellow。1983年NEC入社。国内外のPC事業に従事。2001年 ソフトバンク子会社としてインターネットゲーム会社設立CEO。2004年日産自動車入社、Vehicle IoT開発・事業立ち上げ統括。2011年、日産LEAFのIT/IoT開発でGSMA MWC2011にてBest Mobile Innovation for Automotive and Transport受賞。2012年から2023年までインテルにて自動運転及びモビリティサービスの事業開発及び政策推進。現在、名古屋大学未来創造機構客員教授としてCASE/MaaSとエネルギー関連を中心に総合的に事業支援。各種政府委員会メンバー歴任。多数執筆。TV番組にも出演。
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