昨年10月以来続いていた全米大学での反イスラエル抗議行動は、5月の卒業シーズンを終えて峠を越えた様相を呈している。このまま終息するのか、再燃するかは予断を許さない。再燃しなくても、すでに再選をめざすジョー・バイデン大統領には民主党支持層分断のリスクが付きまとう。
大学紛争の60年代から半世紀たった今何故、全米でまた欧州で、若者の反乱が広がったのか。その引き金になったのは何か、考えてみたい。
10月7日のハマスによるイスラエルでの音楽フェスティバル襲撃事件は、明らかにテロ的奇襲攻撃だった。一日で少なくとも1100人の民間人を殺害し、250人以上の人質が取られた。その日のうちにイスラエルは報復を開始。その「10倍返し」ともいえる軍事行動に、当初のイスラエルへの同情と連帯感は見る見るうちに、当惑と抗議の声に変わっていった。
「大学トップの責任を追及」するための公聴会
最初の反応は、10月7日のうちに始まった。「ハーバード学部生パレスチナ連帯委員会」が他の33団体との連名で 声明を発表。
「今日起きた出来事は真空の中で起きたのではない」、「過去20年にわたり数百万のパレスチナ人が屋根のない監獄に収監されてきた」と訴えた。半月後、アントニオ・グテレス国連事務総長が「真空の中で起きたのではない」というフレーズをそのまま安保理でも借用した。
学部生の声明文には卒業生や有力ファンドなどの大口献金者、さらには与野党の政治家などから激しい批判が殺到した。何かと話題になる論客のローレンス・サマーズ元同大学長は「道徳的に度が外れている」とさえ言い切った。
このような批判の中から、CNNを始めとする主要メディアの報道もあってか、関心は親パレスチナ学生の反乱という視点から、次第に大学内での反ユダヤ主義の増長、というフレームで切り取られるようになっていく。
ここで機を見るに敏なのがワシントンの共和党保守派だった。リベラル「左翼」教育の牙城たるエリート大学で反ユダヤ主義、反ユダヤ人ハラスメントが横行しているとすれば、多様性や差別撤廃を掲げる民主党の弱点を炙り出せる。選挙の年にそう考えない政治家のほうが稀かもしれない。
共和党議員が多数を握る連邦下院教育労働委員会は、12月5日、ハーバード、MIT(マサチューセッツ工科大学)、ペンシルベニア各大学の学長を公聴会に呼んだ。スローガンは『大学トップの責任を追及し反ユダヤ主義と闘う』。大学トップに、責任がすでにあることを前提にしている題名で、事実関係を明らかにする類の公聴会とは趣が違った。
イエスかノーか
「事件」は公聴会が5時間以上経過したほぼ最終盤に起きた。他の議員とは異なりトップギアで疾走する共和党のエリス・ステファニク議員はハーバードのクローディン ・ゲイ学長に剛速球を投げた。
ステファニク議員:ユダヤ人を皆殺し(ジェノサイド)にしろと叫ぶことは学内のいじめやハラスメント違反に該当するのですか?
ゲイ学長:その言葉が使われた状況(context)がいじめや嫌がらせに該当すれば、対応措置をとります。
ス議員:ユダヤ人を皆殺しにしろと叫ぶことは学内のいじめやハラスメント違反に該当するかどうか、イエスと言えないのですか?
ゲ学長:ユダヤ人を皆殺しにしろと叫ぶことは反ユダヤ的発言といえます。
ス議員:答えはイエスですね。
ゲ学長:そう叫ぶことは、反ユダヤ的発言です。さっき言った通り、発言が……
ス議員:答えはイエスですね。
ゲ学長:発言が行動につながれば……
ス議員:イエスですね。
ゲ学長:発言が行動につながれば、大学は対応します。
ス議員:イエスなんですね。イエスなんですね。議長、証言者は答えていません。イエスですね。返答できないんですね。
議長:時間です。
大学の不文律というべき言論・表現の自由とヘイト・スピーチのバランスはどの大学でも難題だ。ゲイ学長は発言を取り締まることと行動を取り締まることに一線を引いたが、発言自体もユダヤ差別と認めている。ただ大学側が即処分する、との言質は取られたくないようだ。そこを不満とするステファニク議員は無条件にイエスの答えを要求した。前哨戦は時間で中断されたが、その10分後、再び尋問の機会が来る。
ステファニク議員:(ペンシルベニア大のリズ・マギル学長に)ユダヤ人を皆殺しにろと叫ぶことはペン大のいじめやハラスメント違反に該当しますか。イエスかノーで。
マギル学長:発言が行動につながれば、ハラスメントでしょう。
ス議員:具体的に聞いてるのです。ユダヤ人を皆殺しにしろと叫ぶことはペン大の規則に違反するのですか。
マ学長:もし過度で広範なものなら、ハラスメントです。
ス議員:つまりイエスですね。
マ学長:ステファニク議員、これは状況によって対応が異なりますよ。
マギル学長は、ハーバードのゲイ学長に倣い、言論と行動を峻別して、凌ごうとしたが――。
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