カマラ・ハリスの挑戦――「100日戦争」に勝機はあるか(下)

執筆者:冨田浩司 2024年8月13日
エリア: 北米
副大統領が選挙結果を左右したケースは、戦後ではジョンソンが地元テキサス州を勝利に導きケネディーの当選を確実なものとした1960年に限られる[聴衆に応えるワルツ副大統領候補(左)とハリス=2024年8月9日、アメリカ・アリゾナ州グレンデール](C)AFP=時事
「中西部の裏庭のバーベキューで出会うような男」ワルツ副大統領候補でハリスの弱点を補う狙いは明らかだが、副大統領候補がキャンペーンにもたらす貢献は限定的と見るべきだ。人種やジェンダーのテーマで歴史を作る選挙より、福祉向上に貢献する指導者を選ぶ選挙を望む有権者も多数いる。今はトランプのちぐはぐな“口撃”にも助けられている形だが、両党の論戦が本格化する9月のレイバー・デー明けには厳しい戦いが始まるだろう。

 

ワルツ副大統領候補への期待と限界

 こうした民主党側の期待感は、言うまでもなく現時点では文字通りの期待感に過ぎず、実際の勝利に結びつけることができるかは今後の展開次第だ。

 例えば、世論調査の動向を見ると、足元ではハリスがトランプとの差を縮め、一部調査ではリードする展開も見られる。しかし、選挙人の獲得数を争う現行の選挙制度は、もともと人口の少ない小規模州の発言にも一定の重みを与えるために作られた仕組みであるため、現実にはこうした州に強みを持つ共和党に有利に機能しがちだ。

 そのため民主党としては、全国的な支持率で拮抗している状況では勝利は覚束なく、少なくとも4~5ポイントの差をつけなければ安心できないというのが近年の教訓だ。例えば、2020年の選挙でバイデンはトランプに全国的な得票率で4.5ポイントの差をつけて勝利したが、2016年の選挙におけるヒラリー・クリントンのリードは2.1ポイントに留まり、結果的に敗北した。

 また、非白人、若年層の支持を取り戻し、バイデン・コアリションを再構築できたとしても、前回の選挙における接戦州における戦いは、3州で得票率の差が1%を下回る「ミクロの争い」であった。現状では一部の州で支持を盛り返し、トランプとの優劣を逆転させる傾向も見られるが、楽観できる状況ではない。

 こうした観点から、現状は依然としてトランプ有利と見るのが適当だ。バラク・オバマ元大統領の上級顧問を務めたデービッド・アクセルロッドは、民主党が「根拠なき熱狂」に陥らないよう警告を発しているが、正しい認識と言えよう。

 そうした中、8月6日、ハリスは副大統領候補としてミネソタ州知事であるティム・ワルツを指名した。その狙いはどこにあるのであろうか。

 明らかな狙いは、西海岸出身の非白人女性であるハリスの「伴走者」として中西部出身の白人男性を充てることで、チケットをバランスのとれたものとし、幅広い有権者にアピールすることだ。特に、ワルツの中西部人らしい、気さくで、飾らない性格は「ミドル・アメリカ」と言われる中流層が受け入れやすいキャラクターだ。そのうえ、ワルツは最近テレビ番組に頻繁に出演し、発信力の高さも証明済みである。

 そのうえで指摘すべきは、経験則上、副大統領候補がキャンペーンにもたらす実質的な貢献は極めて限定的である点だ。戦後の大統領選挙を見ても、副大統領が選挙結果を左右したのは、1960年の選挙でリンドン・ジョンソンが地元テキサス州を勝利に導くことで、ジョン・F・ケネディーの当選を確実なものとした例に限られる。

 したがって、副大統領候補にとって最も重要な資質は「足手まとい」にならないことだ。今回の選考過程でもともと有力視されていたペンシルベニア州知事ジョシュ・シャピロの起用が見送られたことは、接戦州の人気知事というプラス面よりは、ユダヤ系の同知事が親イスラエルの姿勢を明確にしていることがリベラル層の支持に悪影響を及ぼすマイナス面を重視した結果であろう。結局のところ、最終的にワルツが選ばれたのは、現時点において最も「安全な」候補とみなされたからに違いない。

ちぐはぐな共和党の対応

 バイデン撤退後の民主党の攻勢に対する共和党の対応は、これまでのところ一貫性を欠いているとの印象は否めない。 

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
冨田浩司(とみたこうじ) 元駐米大使 1957年、兵庫県生まれ。東京大学法学部卒。1981年に外務省に入省し、北米局長、在イスラエル日本大使、在韓国日本大使、在米国日本大使などを歴任。2023年12月、外務省を退官。著書に『危機の指導者 チャーチル』『マーガレット・サッチャー 政治を変えた「鉄の女」』(ともに新潮選書)がある。
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