貧困層は540万人増、アルゼンチン緊縮財政「ショック療法」に迫る「我慢の限界」

執筆者:軽部理人 2024年10月30日
タグ: トランプ
エリア: 中南米
中央銀行の廃止など過激な主張は鳴りを潜めた (C)Matias Lynch/shutterstock.com
中央銀行の廃止など過激な政策を掲げて大統領に就任したミレイ氏の経済運営は、実際のところオーソドックスなリバタリアン志向に基づく緊縮財政であり、IMFのお墨付きを得て新たな支援も手に入れた。しかしインフレ鈍化は僅かで、補助金を失った国民生活は困窮化が加速している。直近では貧困率は52.9%に達し、新たに540万人が貧困層に加わった。夕食を食べずに寝るアルゼンチンの子どもは100万人に上るというのだ。

 米ニューヨークにある国連本部で9月下旬、国連総会が開かれた。会場の壇上に立ったスーツ姿の男性は、ボサボサ頭を時折下に向け、手元に用意したペーパーを読んでいた。その途中、次のような一節が登場する。

「全ての人の生命、財産、言論、礼拝の自由を信じる。全ての国民が専制と抑圧から解放されて生きるべきだと信じる。この基本的な考えは、単なる言葉にとどまってはならない。自由を守るすべての国々の力によって、外交的、経済的、物質的に支えられなければならない」

 やたらに「自由」という言葉が強調された演説は数日後、「盗用だ」と大きな批判にさらされることになる。

 演説で使用した一節が、米の人気ドラマシリーズ「ザ・ホワイトハウス」(原題“The West Wing”)で、バートレット大統領役の俳優マーティン・シーンが放ったセリフとほとんど同じだったためだ。

 この男性の名は、アルゼンチンのハビエル・ミレイ大統領(54)。リバタリアン(自由至上主義者)を自称し、昨年11月の大統領選で当選、人口約4500万人の国の舵取りを担っている。

 地元メディアによると、国連総会での演説文は「ザ・ホワイトハウス」の大ファンだと公言しているミレイ氏の側近が執筆したとされる。もっとも、ドラマのバートレット大統領は、リベラルで進歩的な役柄だが、ミレイ氏は、左派を忌み嫌う極右で対照的だ。

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 アルゼンチンの国家元首が世界で話題になることはそれほど多くない。とはいえ、ちょうど1年前、選挙集会でチェーンソーを振り回し、中央銀行の廃止や通貨のドル化、臓器売買の合法化など過激な主張を訴えるミレイ氏の姿は、日本人にも強く記憶されているだろう。

 愛称は、今も昔も「変人」だ。2021年に政界入りする前は、経済学者として知られ、若い頃は生活に困窮し、愛犬に値の張る食べ物を与え、自分は安いピザばかりを毎日食べていたという逸話も残る。政治家としての演説の決めゼリフは“Viva la libertad, carajo”(自由万歳だ、この野郎)だ。

 そんな「変人」が、なぜ大統領に当選することができたのか。

 アルゼンチンは20世紀初頭まで世界でも有数の先進国だったと言える。第1次世界大戦ごろまでは、英国との強い経済的な結びつきから、農産物の生産・輸出などで高い成長率を記録した。当時、1人あたりの実質GDP(国内総生産)は西欧の平均を上回っていたほどだ。

 だが、アルゼンチンは音を立てるように失速していった。工業化に乗り遅れたことに加え、1946年に大統領に就き、「ポピュリズム」を実践することになる独裁者のフアン・ペロン氏が大衆の支持獲得のため、貧困層への分配を重視する数々の「バラマキ政策」を進めたためだ。結果的に、悪化した財政が通貨安やインフレを引き起こし、経済成長が失速するという悪循環を招いた。外国からの借金も重い負担となり、債務危機や金融・通貨危機を何度も経験してきた。

 2023年も、通貨安や干魃などが原因でインフレが加速。同年2月、32年ぶりに3桁の上昇率を記録した消費者物価指数は10カ月連続で100%を突破し、11月のインフレ率は前年同月比160.9%にもなった。

 大統領選が行われたのは、そんな最中だった。

 高インフレは国民を直撃し、怒りの矛先は既存政党に向いた。その一方で、当初は泡沫候補と見られていたミレイ氏は、選挙が近づくにつれて支持が上昇し、結果的に、「政界のアウトサイダー」が当選を果たす結果となった。

 まず、ミレイ政権は、国の外交を大きく変えた。

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カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
軽部理人(かるべりひと) 朝日新聞サンパウロ支局長。1987年生まれ。2009年朝日新聞社に入社し大分、長野の両総局、編集センター、国際報道部、社会部(都庁担当)を経て現職。
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