11月6日、財政政策をめぐる対立が原因で、自由民主党(FDP)が連立政権を離脱し、オラフ・ショルツ政権は連邦議会での過半数を失った。
政局の混乱は避けられない。野党や経済界が早期の信任投票から来年1月半ばにも総選挙というシナリオを描く一方、党勢の回復を図りたいショルツ首相は年内の信任投票実施を拒否、来年3月後半までの総選挙実施を狙っている。
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11月6日夜、ショルツ首相(社会民主党=SPD)は、クリスティアン・リントナー財務大臣(FDP)を解任したと発表した。ショルツ首相が現在の経済危機を乗り切るために、特別の財政措置を求めたが、リントナー大臣が拒否したことが原因だ。
11月6日夜から連立与党の間で行われた会議で、ショルツ首相は、財政が逼迫する中、自動車業界の危機やウクライナへの追加支援のために、155億ユーロ(2兆4800億円・1ユーロ=160円換算)の国債を追加発行する方針を打ち出した。
リントナー氏が書いた離縁状
首相は「この追加発行は、法的に問題ない」と述べた。だがリントナー大臣は、首相の言葉を信じなかった。その理由は、債務ブレーキという憲法上の規定への例外措置だ。ドイツの憲法(基本法)は、連邦政府に対し国内総生産(GDP)の0.35%を超える財政赤字を禁止している。債務ブレーキは、自然災害など想定外の事態が発生した時だけ連邦議会の承認を経て解除することができる。ドイツは政府は、2020~2023年まで債務ブレーキを解除した。その理由は、コロナ禍と、ロシアのウクライナ侵攻によって経済が大きな打撃を受けたため、政府が財政出動を迫られたからだ。しかしリントナー大臣が率いるFDPは、野放図な国債発行によって、将来の世代に利払いの負担が増えることに反対している。これに対しSPDと緑の党は、「国家にとって必要なプロジェクトについては、債務ブレーキの適用を緩和するべきだ」という態度を取って来た。
リントナー大臣は「ドイツは財政規律を守らなくてはならない。この段階で、債務ブレーキの枠外で200億ユーロも新たな借金をすることは許されない。私の財務大臣としての原則に反する」として、首相の指示を拒否した。リントナー氏は、「首相の要請は債務ブレーキの適用を再び除外することを意味する」と判断したのだ。
首相はその直後の記者会見で、「リントナー氏は、党の利益を優先して私の提案を拒否した。これまでも、彼は何度も財政措置に関する私との合意を拒否し、私の信頼を裏切って来た。もはや彼とともに信頼に基づいた共同作業はできない」と述べた。ショルツ首相は、ふだんはポーカーフェイスを貫き、感情を露わにしない。だがこの記者会見では語気を荒らげて怒りを露わにし、リントナー氏の態度を強く非難した。真意をはぐらかすような発言が多いショルツ首相としては、異例の率直な発言だった。
去年11月に連邦憲法裁判所が、ショルツ政権の過去の財政措置を違憲とする判決を下して以来、政府は深刻な財源不足に直面している。リントナー氏は、「かつて財務大臣だったショルツ氏は、違憲判決という失敗の後始末を、全て私にやらせている」という不満を強め、ショルツ氏との関係が悪化していた。
11月1日には、リントナー氏が首相やロベルト・ハーベック経済気候保護大臣と事前に協議することなしに、ドイツ経済を建て直すための政策提言書を作成していたことが明らかになった。この提言書は、公的年金支給額の実質削減、富裕層のための減税、法人税の引き下げ、温室効果ガス削減目標の緩和や、再生可能エネルギー拡大目標の修正など、緑の党とSPDが受け入れられない内容を含んでいた。ドイツのメディアはこの文書について、「リントナー氏が連立政権を離脱する覚悟で書いた、三行半(みくだりはん=離縁状)」と呼び、連立政権の崩壊は時間の問題と見ていた。
リントナー氏の解任を受け、FDPに属する閣僚は、フォルカー・ヴィッシング交通デジタル大臣を除いて連立政権を離脱した。(交通デジタル大臣はFDPを離党して、政権に残った)
現在連邦議会の議席数は733。FDPの離脱によってSPDと緑の党の議席数は324に減った。つまりショルツ政権は過半数(367)を失って、少数派政権となった。同政権は、野党の協力なしには法案を議会で通過させることができなくなった。政策遂行能力を失ったレームダックである。
野党と産業界は総選挙の早期実施を要求
ショルツ首相は、来年1月15日に首相信任投票を連邦議会で実施すると宣言した。この投票で過半数の議員の信任が得られない場合、首相は連邦大統領に対し、議会の解散を求める。連邦大統領は21日以内に連邦議会を解散させる。現時点では、2025年3月末までに連邦議会選挙が行われると予想されている。つまり2025年9月に予定されていた連邦議会選挙が、約6カ月前倒しされる。
だがドイツでは「3月に総選挙を行うのでは遅すぎる」という声が強まっている。フォルクスワーゲンの大規模なリストラ計画が示すように、現在ドイツの製造業界は、未曽有の危機に直面しており、政府の支援策を要求している。国際通貨基金によると2023年のドイツの実質GDP(国内総生産)成長率はマイナス0.3%で、G7諸国の中で最低だった。今年の実質GDP成長率もマイナスまたは0%になる可能性がある。来年前半には、失業者数が300万人を超えると予想されている。
さらに米国大統領選挙でドナルド・トランプ氏が勝ったことから、米国とEU(欧州連合)の間で通商や防衛をめぐって対立が深まる可能性がある。ドイツ政府は欧州委員会や他の欧州諸国と、来年トランプ政権がEU域内からの輸入品に最高20%の関税を導入したり、ウクライナへの軍事支援を大幅に減らしたりした場合の対応策を協議しなくてはならない。
現在の状態では、ドイツ政府は2025年予算も来年半ばまで連邦議会で可決させることができず、中央省庁の支出も最低限必要な支出に限られる。
このため最大野党キリスト教民主同盟(CDU)のフリードリヒ・メルツ党首は、首相信任投票を11月中に実施し、できるだけ早く連邦議会選挙を実施するよう求めている。この場合、来年1月半ばにも総選挙が行われる可能性が出てくる。ショルツ首相も、総選挙の時期を遅らせることに意味がないと悟れば、メルツ党首の要望を受け入れるかもしれない。
メルツ氏は11月7日のドイツ公共放送連盟(ARD)とのインタビューで、「国内外で重要な案件が山積している中、ドイツ政府が約5カ月も政局運営能力を失うのは、許しがたい。首相が来週信任投票を行わない限り、重要法案の連邦議会での可決について一切協力しない」と答えた。10月18日にアレンスバッハ人口動態研究所が公表した政党支持率調査によると、CDUと姉妹政党キリスト教社会同盟(CSU)の支持率は36%で首位にある。前倒し選挙後は、メルツ党首を首相とする連立政権が生まれる公算が強い。
またドイツ産業連盟(BDI)のジークフリート・ルスブルム会長も11月7日、「製造業界の競争力の回復など難題が山積みになっている現在、ドイツは一刻も早く議会で過半数を確保し、政局運営能力を持つ政府を必要としている」という声明を発表し、総選挙を早急に実施するよう求めた。
私は1990年から34年間ドイツで働いているが、政局がこれほど混乱したのを見るのは初めてだ。欧州最大の国ドイツが、約5カ月も「開店休業状態」に陥るのは危険である。ショルツ首相は、体面やプライドよりも国益を優先し、一刻も早く信任投票を行って、総選挙の早期実施を図るべきだ。