「解雇規制緩和」は特効薬でも妙薬でもない

執筆者:玄田有史 2024年12月25日
エリア: アジア
熟達した人事担当者にとって、すでに雇用調整の実情は「厳しく制限されたもの」とはいえない[自民党総裁選で雇用規制緩和を掲げた小泉進次郎氏=2024年9月13日、東京・永田町](C)時事
先の自民党総裁選で論点になった解雇規制の緩和は、本当に労働市場の流動化を促し、企業の生産性を上げるのだろうか。1990年代末から日本企業が行ってきた雇用調整のノウハウや、解雇者への金銭補償の制度化が労使に与える影響に鑑みて、そこには大きな副作用も考えられる。

繰り返される緩和論

「フォーサイト」編集部より、最近、解雇規制の緩和が一部で話題になっているということで、それについての意見を求められた。

 解雇規制の緩和論者の主張を要約すると、おそらくこういうことだろう。

 日本では、解雇が著しく制限されており(特に正社員について)、労働市場の流動化を阻んできた。そのため、企業に不採算部門があったり、まともに仕事をしない社員がいたとしても、解雇ができない結果、生産性がいつまでも向上しない状態が続いている。それが日本経済の停滞が続く原因である。ついては、解雇規制の緩和で流動性を高めることで、生産性の高い企業への労働者の迅速な移動も進み、経済成長が可能だという。

 ちなみに、日本でも事前予告もしくは予告手当を支払えば、正当な理由がある限り、解雇は可能とすることが、労働基準法で認められている。ただし法律とは別に、戦後の高度成長期に、解雇に関する裁判を積み重ねるなかで、余剰人員削減のための整理解雇に関する判例法理が形成されてきた。具体的に述べれば、整理解雇は、1)人員削減の必要性、2)解雇回避の努力義務、3)人選の合理性、4)解雇手続きの妥当性、という4つの要件がすべて満たされない限り、不当なものとされ、解雇は総じて難しいとの認識が定着している。

 それに対し、金銭補償をすれば解雇は是認される状況を普及させることで、労働市場の流動化や生産性の向上につなげようというのが、解雇規制緩和論者の主張である。同様の主張は、最近に限らず以前から存在してきた。経済学者や法学者などの専門家のなかにも、解雇規制の緩和をずっと持論としてきた人々がいる。

 私自身、若い経済学者だった頃には、そのような主張に一定の魅力を感じたこともある。だが、日本の労働市場や雇用システムについて、30年以上学んできた者として、解雇規制の緩和によって経済が改善するといった主張には正直、疑問を感じざるを得ない。

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カテゴリ: 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
玄田有史(げんだゆうじ) 東京大学社会科学研究所教授。1964年島根県生まれ。東京大学経済学部卒業後、ハーバード大、オックスフォード大各客員研究員、学習院大学教授等を経て、現職。博士(経済学)。著書に『仕事のなかの曖昧な不安』(中央公論新社)、『ジョブ・クリエイション』(日本経済新聞社)、『希望のつくり方』(岩波新書)など多数。
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