第3部 ミサイルの下で(5) キーウ、取り残される「正義」

執筆者:国末憲人 2025年3月24日
タグ: ウクライナ
エリア: ヨーロッパ
「ヤルタ欧州戦略会議」の会合に登壇した元英首相ボリス・ジョンソン(以下、特記のないものはすべて筆者撮影)
侵攻3周年の2月24日、「ヤルタ欧州戦略会議」の会合がキーウで開かれた。各国閣僚や元首脳のほか欧州からの参加者に戦況と米国への懸念が共有される一方で、今回は米国からの参加者が少なく、特にトランプ政権に近い米国人の姿は見当たらなかった。ロシア占領地では現在でも拷問や処刑、残虐行為が相次いでいると見られる。激しい口論になったゼレンスキー-トランプ会談の後、ゼレンスキー支持のウクライナ世論は高まった。欧州にとっても、この戦争で問われる「正義」のあり方は欧州の歴史や思想と結びつき、自身の安全保障にも直結する。停戦交渉で当事者性を置き去りにするかのような米国の姿勢と、ウクライナ・欧州の溝は深い。【現地レポート】

 2月のウクライナ訪問は、筆者にとって昨年9月以来5カ月ぶりである。この間に米国ではドナルド・トランプ(78)が大統領に就任し、世界情勢も大きな変化を被りつつあるが、それに比べるとウクライナ社会の変化は乏しいように見えた。確かに、ロシア軍の全面侵攻から3年が経ち、戦争疲れと戦争慣れ双方の側面がウクライナ社会には色濃い。占領された領土の回復が当面難しいことも認識されている。ただ、それは以前からうかがえた傾向であり、一方でロシアの侵略戦争や戦争犯罪に対して「正義」の回復を求める意識が弱まったようにも思えない。

 筆者にとって前回訪問時との大きな違いは、これまでの定宿が使えなくなったことだった。ロシア軍全面侵攻が起きた2022年の間、キーウでは主に、文教地区にあるアルファヴィート・ホテルに滞在していた。しかし、その年の12月31日、ホテルはロシア軍の巡航ミサイルの直撃を受けて大破した。中にいた筆者は辛くも救出された。ホテルは閉鎖され、以後筆者はキーウを訪れる際、近くの「ホリデーイン・キーウ」を利用するようになっていた。

 ところが、そのホリデーインが2024年12月20日に攻撃の被害を被ったのである。ロシア軍のミサイルが迎撃され、その破片が周囲に降り注いだ。ホテルやその周辺のビルの損壊は激しく、一部は炎上した。ホテルは窓ガラスが軒並み割れ、壁が大きくはがれた。隣接するレストラン群のテラスも一部が崩れ、向かいのカトリック教会「聖ミコラ教会」はステンドグラスが割れるなどした。1人が死亡、多数がけがを負い、周辺のビルに入っていたポルトガル、アルバニア、北マケドニア、モンテネグロ、アルゼンチン、パレスチナの各大使館も影響を受けた。

キーウの2月。左奥のビルは被害を受けたホテル「ホリデーイン・キーウ」
閉鎖されたホリデーイン

 今回、別のホテルに滞在しつつ、その現場を訪ねた。ホテルは当然ながら閉鎖されている。テラスはキーウでもしゃれた一角として若者たちの人気を集めていたが、割れた窓ガラスを木質ボードで補修している姿が痛々しい。多くの店舗も閉鎖されてゴーストタウンとなり、人影は乏しい。ただ、イタリア料理店が1軒だけ再開していたのには驚いた。飲食店が被害に屈せず営業を続ける例は、ウクライナで時々見られる。

ホリデーインに隣接するテラス。窓ガラスが割れ、壁が一部崩落した
被害を受けたテラス。正面はカトリック教会

 

 一方で、キーウの街自体は「正常化」が進み、ぱっと見だけだと戦争の影を感じない。時折は攻撃を知らせる警報サイレンが鳴り響き、深夜外出禁止に伴い夜が早く仕舞うのを除くと、ごく普通の街に見える。常に警戒が欠かせないハルキウとは大きく異なる。

 キーウでは、復興のビジネスチャンスを見込んで、欧米の企業も入ってきているようである。「戦争が終わると復興が始まる」のではなく、戦争と同時に復興が進む。ウクライナは、やや特異な立場に置かれている。

「価値を守る戦い」

 今回のウクライナ訪問の主目的は、侵攻3周年の2月24日にキーウで開かれる「ヤルタ欧州戦略会議」主催の会合「3周年――勝利の時」への出席だった。

カテゴリ: 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
国末憲人(くにすえのりと) 東京大学先端科学技術研究センター特任教授、本誌特別編集委員 1963年岡山県生まれ。85年大阪大学卒業。87年パリ第2大学新聞研究所を中退し朝日新聞社に入社。パリ支局長、論説委員、GLOBE編集長、朝日新聞ヨーロッパ総局長などを歴任した。2024年1月より現職。著書に『ロシア・ウクライナ戦争 近景と遠景』(岩波書店)、『ポピュリズム化する世界』(プレジデント社)、『自爆テロリストの正体』『サルコジ』『ミシュラン 三つ星と世界戦略』(いずれも新潮社)、『イラク戦争の深淵』『ポピュリズムに蝕まれるフランス』『巨大「実験国家」EUは生き残れるのか?』(いずれも草思社)、『ユネスコ「無形文化遺産」』(平凡社)、『テロリストの誕生 イスラム過激派テロの虚像と実像』(草思社)など多数。
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