中東―危機の震源を読む
中東―危機の震源を読む(32)

深化する強硬思想と戦う新首相の「人心掌握」路線

池内恵
執筆者:池内恵 2007年8月号
カテゴリ: 国際
エリア: ヨーロッパ 中東

 今年の三月にロンドンで代表的なモスク「東ロンドン・モスク」に立ち寄った。金曜日礼拝後の、活況を呈した付属書店で、平積みになっている興味深い書籍を見つけた。サイイド・クトゥブの『道標(Milestones)』の英版である。『道標』はクトゥブがエジプトのナセル政権の下で刑死する一九六六年の少し前に著した、イスラーム主義の強硬派・武装闘争路線に理論的な支柱を与えた歴史的な書物であり、現在も過激派に影響を与える書の筆頭として挙げられる。原文はアラビア語であるが、アラブ諸国の多くではこの本は禁書扱いで、表向きはあまり流通していない(なおクトゥブの他の本には、高い評価を受けたコーラン解釈書など、アラブ諸国で広く流通しているものも多く、決して異端や狂信者という扱いは受けていない)。『道標』の新版を読み進めて目を見張った。編者は、クトゥブが自らの主張の根拠とするコーランの典拠の原文を逐一付すという、緻密な校訂作業を加えている。テロの思想として批判されることもあるクトゥブが、実はいかにコーランの章句と理念に正しく依拠した正統的な思想家であるか、証明しようとしているのである。そしてクトゥブの思想がなによりも「ジハード」をめぐるものであり、それがいかに今現在有効性を持つものであるか、示そうとしている。

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執筆者プロフィール
池内恵
池内恵 東京大学先端科学技術研究センター准教授。1973年生れ。東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程単位取得退学。日本貿易振興機構アジア経済研究所研究員、国際日本文化研究センター准教授を経て、2008年10月より現職。著書に『現代アラブの社会思想』(講談社現代新書、2002年大佛次郎論壇賞)、『イスラーム世界の論じ方』(中央公論新社、2009年サントリー学芸賞)、『イスラーム国の衝撃』(文春新書)、本誌連載をまとめた『中東 危機の震源を読む』などがある。個人ブログ「中東・イスラーム学の風姿花伝」(http://ikeuchisatoshi.com/)。
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