永野一族が体現した渋沢資本主義の慧眼と限界

執筆者:喜文康隆 2001年7月号
カテゴリ: 経済・ビジネス 金融

 さまざまな人が消えていく。 語るべきものを語りつくして消えていく人はいい。だが、事件の当事者として断罪され、がんじがらめのしがらみに、語るという選択肢を閉ざされたまま死んでいく人もいる。 六月十日、元丸紅専務の伊藤宏が亡くなった。伊藤は、ロッキード事件で、田中角栄元首相に五億円のわいろを渡した当事者であり、ロッキード社と丸紅との間の金の受け渡しを裏付ける“ピーナツ”と呼ばれる領収書に署名した当人である。しかし、伊藤宏の死を伝える記事は小さく、ありふれたものにすぎなかった。「なにかがよじれている」。ロッキード事件について、伊藤は親しい人にこうつぶやいていたが、結局、全てを語ることはなかった。自らを引き立てた丸紅社長・檜山広への遠慮もあったろう。そして檜山がなくなり、呪縛がとけた時には、自身も病魔に襲われていた。「語り尽くして逝ってほしかった」としみじみ思う。戦後に復活した番町会グループ 歴史的な疑獄事件には、それぞれに時代背景を示す含意がある。 戦後をみても一九五四年の造船疑獄には、「官僚出身者による保守政党主流派体制が確立すること」に対するある種の異議申し立てがあった。そして一九七六年に表面化したロッキード事件には「土建国家型の利権構造が日本社会を支配すること」に対する異議申し立てがあった。一九八八年のリクルート事件は「規制社会から市場社会への移行」に対する催促だった。

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