饗宴外交の舞台裏
饗宴外交の舞台裏(227)

「マイナーワイン」が繋いだ前代未聞の「多国間親善」

西川恵
モルドバの大使夫妻(左の2人)と参加者(筆者撮影)

 

 外務省が黒海地域など4カ国の駐日大使館と共催で、日本ではほとんど知られてない4カ国のワイン紹介イベントを開いた。ふだんは日本ワインの素晴らしさを外国に売り込んでいる外務省としては、珍しい企画だった。

 このイベント「ワインは友情を深める(Wine Warms Friendship)」は4月13日夜、東京都内のホテルで開かれた。

 黒海地域のアゼルバイジャン、ジョージア(旧グルジア)、モルドバの旧ソ連邦の3カ国に、地中海沿岸のチュニジアを加えた4カ国が参加した。これらの国の共通項は「マイナーなワイン生産国」。もっともこれは日本人に馴染みが薄いという意味で、ワイン生産ではいずれも数千年を超える歴史をもっている。

費用は折半

 企画は瓢箪から駒で生まれた。今年2月、滝沢求外務大臣政務官が北アフリカに一緒に出張した外務省職員の慰労会を開いた際、レストランに以前、別の出張で買った東欧のワインを持ち込んだ。一同酔うほどに意気上がり、「こういう美味しいワインが日本では知られていない。知ってもらう企画をしてはどうだ」と、その場で決まった。

 黒海や地中海地域の、日本では馴染みの少ないワイン生産国の大使館に打診した。小さい国は単独で自国ワインをPRするだけの資金力も、人を集める力もないから渡りに舟だった。ただ、「参加したいが予算がない」という国もあって、最終的に4カ国の参加となった。

 しかし、外務省が他国ワインのPRを全面的に支援するわけにはいかない。同省は日本ワインの素晴らしさを外国に知ってもらうため、在外の日本大使公邸のレセプションや食事会では日本ワインを出すようにしている。ヘタをすると、「外務省はどちらを向いているのだ」と言われかねない。

 そこで趣旨は「ワインを通じて日本の人に参加国の魅力を伝え、日本と参加国の友好親善を促進する」とし、あくまで友好親善が目的で、それをワインがとり持つという形にした。「ワインは友情を深める」とのイベントの標語もそこからきた。費用は折半。ワインは大使館が用意し、人集めは外務省、という役割分担も決まった。

 また外交ルールに基づき、ブースの配置も、各国大使の挨拶順も、すべてアルファベット順とした。国益を背負う大使館としては敏感なところだ。

「日本で知られていない国のワイン紹介にどれだけ人が集まるか」と心配されたが、ふたを開けると大盛況で、予定の参加者200人を大きく超えた。どのブースにも大きな人垣ができ、4カ国の大使は先頭に立ってワインや国の説明に追われた。

世界最古のワイン生産地

 私も順繰りにブースを回った。アゼルバイジャンのギュルセル・イスマイルザーデ大使は、「日本では石油と天然ガスだけがアゼルバイジャンの主要産品と思われていますが、大農業国です。ワインの種類も多く、コニャックも造っています。この東方童話というワイン飲みました? サペラビ種70%の素晴らしい赤です」と言った。確かにいい。

 現在、日本で唯一、同国のワインを扱っている輸入業者「オリエントスター貿易」の担当者は、差し出されるグラスにワインを注ぎながら、「向こうのワイナリーから『日本のインポーターを見つけてほしい』と言われ、探しましたが見つからず、いいワインなのでウチでやることにしました。コンテナで一度に1万8000本輸入し、年間約2000本が売れていますが、もっと日本の方にこの良さを知ってほしい」と語った。

 モルドバは昨年9月に東京に大使館を開いたばかりで、初代のヴァシレ・ブマコフ大使は元農業大臣。「大使館を開き、日本への売り込みのスタートラインに立ったところです。我が国のワインは日本食にも合うから受け入れられると確信しています。これ飲みました? 今年3月のサクラ・ワインアワードでダブルゴールドを受賞しました」と筆者にアイスワインの「プルカリ」を勧めた。サクラ・ワインアワードは、審査員が日本の女性だけという国際ワインコンペティションだ。同国のワインは以前、ほとんどロシア向けだったが、ロシアはモルドバの親欧州政策に対する報復で同国のワインを締め出した。このため現在は90%が欧州向けになっている。

 親欧州政策のためロシア市場から締め出された点ではジョージアも同様だ。同国は世界最古のワイン生産地で、8000年の歴史がある。クヴェヴリと言われる大型の壺を土中に埋めてワインを発酵させる製法は2013年、和食と共に国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に登録された。

 レバン・ツィンツァゼ大使は「2ワイナリーの7種類のワインを出しました。インポーターは関与させず、大使館が仕切るという事前の取り決めを守ったのはウチだけ。他の国はズルをしました」と言った。

 大使館からインポーターに協力を依頼してワインを提供してもらえば、多くの銘柄を用意できる。実際、ジョージアのワインを扱っている業者から「ウチが輸入しているワインを提供したい」と打診があったが、大使は「他の大使館との約束がある」と断った。もっとも大使の顔は笑っていたから、目くじら立てるほどのことではないのだろう。

 チュニジアのカイス・ダラジ大使は、「これを飲んでほしい」と「カプリス」というシラー品種の赤ワインを筆者に勧めた。確かに秀逸だ。ほめていると「私にも」と横からグラスが差し出された。大使は「外務省が外国ワインのためにこのようなイベントを発案してくれたことに感謝している。個々の大使館だけではとてもこれだけの人を集められない」と興奮気味に言った。

成功の因は3つ

 当初のプログラムではいいワインに投票を行う予定だったが、やはり優劣をつけるのはまずい。4カ国のワインをそれぞれ支持する人たちのコメントに変更した。

 最後に各国大使がスピーチした。「話は短い方がいい。あとはワインに語らせましょう」(モルドバのブマコフ大使)。「勝利にはワインが相応しい。敗北にはワインを飲むだけ。これはナポレオンの言葉ですが、いつもワインを、ということです」(チュニジアのダラジ大使)。

 イベントを担当した外務省中東第1課はシリア問題で超多忙だった。この朝、出張から戻った課員もいた。酒の勢いでつい決めてしまい、後悔しないでもなかったが、結果としては成功だった。

 筆者から見た成功の因は3つ。1つは同省が日本ソムリエ協会に呼びかけたこともあり、醸造家やソムリエなど多数のワインのプロフェッショナルが集まったこと。偶然だがこのワイン会の2日前に行われた「全日本最優秀ソムリエコンクール」準決勝では、試験問題にジョージアワインのテイスティングが出された。世界のワインコンクールでも馴染みのない国のワインが出されるのが当たり前になっていて、ソムリエたちにとってもこうした機会は貴重なのだ。

 2つ目に、最初4カ国では少ないように思えたが、結果として適正規模だった。各ブースで時間をかけてじっくり試飲でき、各国の大使や外交官から気候や地域特性などの説明を受けることができた。ブースが多すぎて印象が薄くなることもなかった。

 第3に相乗効果だ。4カ国が一堂に集まり自国ワインの良さを競い合うことで、参加者もそれぞれの特徴を記憶に刻むことができた。特に旧ソ連の3カ国はいずれも暮らしに密着した長いワイン文化を持っているが、同じぶどう品種でも造り方1つでこれほどまでに違うワインが出来るのかと驚かされた。

 山梨県でワイナリーを営む醸造家の平山繁之氏(58)はこう語る。

「4カ国が用意したワインのレベルは高く、プライドをもって造っているのがよく分かります。なかでも黒海地域3カ国は、かつてロシア向けにピノノワール、カベルネといった国際的に名の知れたぶどう品種のワインを造っていましたが、いま地元の固有種のぶどうを大事にする動きが出ている。これが非常に面白く、どこか日本のワインに通じるものがある。日本食とも合うので、今後、日本市場にジワジワと浸透していくでしょう」

 新しい日本市場の開拓を睨んだ各国の思惑を秘めつつ、ワインを舞台回しにした前例のない多国間の友好親善交流は、予定の時間を1時間もオーバーして夜9時にお開きとなった。

 

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執筆者プロフィール
西川恵 毎日新聞客員編集委員。1947年長崎県生れ。テヘラン、パリ、ローマの各支局長、外信部長、論説委員を経て、今年3月まで専門編集委員。著書に『エリゼ宮の食卓』(新潮社、サントリー学芸賞)、本誌連載から生れた『ワインと外交』(新潮新書)、『国際政治のゼロ年代』(毎日新聞社)、訳書に『超大国アメリカの文化力』(岩波書店、共訳)などがある。2009年、フランス国家功労勲章シュヴァリエ受章。本誌連載に加筆した最新刊『饗宴外交 ワインと料理で世界はまわる』(世界文化社)、さらに『知られざる皇室外交』(角川書店)が発売中。
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