連載小説 Δ(デルタ)(13)

執筆者:杉山隆男 2017年7月17日
エリア: アジア
沖縄県・尖閣諸島の魚釣島と北小島、南小島 (C)時事

 

【前回までのあらすじ】

巡視船「うおつり」の乗っ取り仲間である謝と呉の、仲間割れともとれる激しいやり取りを耳にして涙をあふれさせた「愛国義勇軍」最年少兵士・張和平。思い出すのは、早くに両親を亡くした子供の頃のこと、そんな自分を我が子同様に可愛がってくれた、中国人民解放軍の「戦闘英雄」劉成虎のことだった。

 

     12(承前)

 徴兵制が敷かれ、国民皆兵が原則の中国では、兵役対象者は毎年1000万人にのぼる。これだけの人数を軍が預かることはさすがにできないから、対象者の中から約60万人が選抜されて2年間の兵役義務につく。つまりとりあえず頭数を集めるという徴兵のイメージと違って、中国では兵隊にとられるというだけでも、知力体力ともに優れていると国からお墨つきをもらうようなものなのである。兵役を終えたあとは、故郷に帰って、「お国に選ばれた」という特典を使って就職したり、大学に復学するなどコースはさまざまだが、そのまま軍隊に残って兵士をつづけることもできる。ただ優秀な者は士官学校に相当する軍事院校を受験して将校への切符を手にする。以前なら農村部やふつうの家庭の若者にとってはこれが立身出世の近道とされた。

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執筆者プロフィール
杉山隆男(すぎやまたかお) 1952年、東京生れ。一橋大学社会学部卒業後、読売新聞記者を経て執筆活動に入る。1986年に新聞社の舞台裏を克明に描いた『メディアの興亡』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。1996年『兵士に聞け』で新潮学芸賞受賞、以後『兵士を見よ』『兵士を追え』とつづく「兵士シリーズ」は7作目の『兵士に聞け 最終章』で完結した。ノンフイクション、小説、エッセイなど精力的に執筆し、『汐留川』『昭和の特別な一日』『私と、妻と、妻の犬』など著書多数。
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