【再掲】またしても「お付き合い」で始まる半導体国策プロジェクト「ラピダス」

執筆者:大西康之 2022年12月28日
エリア: アジア
経産省主導の「国プロ」はまさに「失敗の歴史」[記者会見に臨んだで写真撮影に応じるラピダスの小池淳義社長(左)と東哲郎会長=11月11日](C)時事
下半期(7月~12月)に掲載した記事から、2022年の世界と日本を捉え直す「再読セレクション」をお届けします。(初公開日:2022年11月22日)

 

名を連ねた8社はいずれも、成果が生まれるとは思っていないはずだ。そもそも半導体を「安く買う」側のトヨタが利益を求める株主として拝まれる不思議な利益相反もまかり通る奉加帳。半導体の歴史に、官僚が革新を生んだ例はない。

 

「Only the paranoid survive(偏執症の者=パラノイア=だけが生き残る)」

 半導体、いやビジネスに関わる者で、この言葉を知らない人はいないだろう。米インテルの創業メンバー、アンディー・グローブの言葉である。革新に次ぐ革新、投資に次ぐ投資によって発展してきた半導体産業において、インテルの創業者、ゴードン・ムーアが遺した「ムーアの法則(集積回路上のトランジスタの数は2年で倍になる)」と並ぶ二大セオリーとなっている。このセオリーを無視した「国策プロジェクト」が、またしても始まろうとしている。

本音は「あくまで、お付き合い」

 新たな国プロの名前は「ラピダス」。トヨタ自動車、NTT、ソニーグループ、NEC、デンソー、ソフトバンク、キオクシアの7社が各10億円ずつ、三菱UFJ銀行が3億円の計73億円を出資し、経済産業省が「ポスト5G基金事業」として700億円を補助する。

 資本金と補助金はあくまで「種銭」と考えても、800億円足らずでは、あまりに少ない。お隣、台湾の半導体ファウンドリー(製造会社)、TSMC(台湾積体電路製造股份有限公司)の2021年の設備投資は300億ドル(約4兆2000億円)、研究開発費は44億ドル(約6200億円)である。

 ラピダスは「今後10年で2兆円の研究開発費と3兆円の設備投資費を投じる」としているが、800億円に満たない「種銭」で5兆円が調達できるのか。調達できたとしてもTSMCの10分の1の投資で、生き馬の目を抜く世界を生き抜けるのか。

 そもそもトヨタ、NTT、ソニーなどの企業規模から考えれば10億円というのは「やる気のなさ」の証左である。ある出資企業の幹部は「あくまで、お付き合い」と本音を漏らす。

 ラピダス設立の理論的支柱は、経産省が2021年6月にまとめた「半導体戦略」というレポートだ。冒頭で「半導体はデジタル社会を支える重要基盤であり、安全保障にも直結する死活的に重要な戦略技術」と述べ、国が関与する根拠としている。

 レポートは「半導体世界市場の拡大にもかかわらず、過去30年間で日本の存在感は低下」と過去30年をひとごとのように振り返っているが、この凋落には経産省が大きく関与している。同省が主導した「国プロ」はまさに「失敗の歴史」であり、巨額の血税が無駄に使われた。それだけでなく、業界に対し「国の言う通りにやっていれば、いざというとき救ってもらえる」という誤ったメッセージを発信した。これだけ負け続けたにもかかわらず、官僚も経営者も、誰一人として失敗の責任はとっていない。この「無責任文化」を醸成したのも「国プロ」である。

「半導体大国の黄昏」を象徴する20年前のブーム

 代表的な「国プロ」は2001年度から 、国立研究開発法人のNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)が主導して始まった次世代半導体材料・プロセス基盤技術の開発プロジェクト「MIRAI(ミライ)」である。2010年度までの7年間、集積回路工学の第一人者で広島大学教授・産総研次世代半導体研究センター長の廣瀬全孝氏をトップに、465億円を投じて世界最先端の半導体デバイス基盤技術を目指した。

 その民間版として同時並行で進められたのが「あすかプロジェクト」だ。半導体大手各社から研究者を出向させ、装置・材料メーカー、CADベンダー、大学・公的研究機関の協力も得る「オールジャパン」の体制で、台頭する韓国、台湾、先端を走る米国に追いつこうとした。こちらにも200億円の公的資金が投じられている。製造プロセスの共通化を目指す「先端SoC基盤技術開発(ASPLA)」には315億円、先端半導体の製造システム開発を目指す「HALCAプロジェクト」には80億円が投じられた。

 当時、電機メーカーを取材していた筆者は、メーカーの経営陣からこんな話を聞いた。

「各社とも国プロにエースは出さない。本命の技術も出さない。ライバル同士なんだから、手の内は晒せないでしょう」

 役所の顔色を窺う「お付き合い」という以外に、こんな魂胆もあった。

「国プロは税金で、研究開発や製造に使う最先端の機材が買えます。プロジェクトが終わると、各社はそうした機材を持ち帰り、自社の研究所や工場で使っていました」

 何とも情けない話だが、これが「半導体大国の黄昏」の現実だった。話を聞いた筆者は「負け」を確信した。あの「国プロブーム」から20年、日本の半導体産業は予想を上回る凋落ぶりを見せた。ついに自分の国で使う半導体すら作れなくなってしまったのだ。

「株主」と「顧客」の利益相反

 足元では急速な市況悪化に転じた半導体だが、自動車業界の需要は旺盛だ。特にEV(電気自動車)や先進運転支援システム(ADAS)向けなど、高性能半導体の供給不足は今後も続く。そうした中で一番、焦っているのがトヨタだろう。レクサスをはじめとする高級車は半導体やセンサーの塊であり、電動化、自動運転化が進めばさらに半導体への依存が高まる。そんな事情から、経産省主導「ラピダス」に乗ったのかもしれないが、これは明らかな利益相反だ。顧客としてはラピダスから良い半導体を安く買いたいが、ラピダスの株主としては半導体を高く売って利益を上げてもらわなくては困る。

 同じ構図がルネサスエレクトロニクスでも起きている。トヨタとデンソーはルネサスの大株主でそれぞれ、4.20%と8.58%を出資している。ルネサスの筆頭株主は「経産省の別ポケット」と呼ばれる官製ファンドのINCJ(旧産業革新機構)。トヨタ、デンソーのほか、日立製作所や三菱電機も出資している。

「オールジャパン」の半導体メーカーであるルネサスの業績は低空飛行を続けており2021年の最終利益は1273億円。年間に約4兆円の最終利益を稼ぎ出す韓国サムスン電子や、同約2兆5000億円のTSMCと比べるつもりはないが、世界的に半導体需給が逼迫する「売り手市場」の中で、もう少し稼げても良さそうなものだ。業界には「ルネサスが高収益企業になれないのはトヨタとデンソーが買い叩くから」という指摘もある。

 役所が音頭をとって奉加帳を回し、みんなで仲良く研究する。集まるのは二流の研究者と二流のマネジメントばかりで、おまけにその目は出身母体に向いている。それぞれがお里の利益の代弁者になるから、リスクのある決断などできるはずもなく、会議は踊る。MIRAI、あすかの「国プロブーム」から20年、日本の半導体産業はなんの革新も生まないまま、没落を続けた。アンディ・グローブのような「パラノイア」は一人も現れなかった。

モーリス・チャンの「偏執」

 たとえ国プロでも、そこにパラノイアがいれば話は別だ。

 1987年、56歳の時に国策半導体メーカーとしてTSMCを立ち上げた張忠謀(英語はモーリス・チャン)は瞬間湯沸かし器で有名だ。激昂するとキセルを机に叩きつけ、大声で部下を叱責する。

 1958年に半導体大手の米テキサス・インスツルメンツ(TI)に入社、スタンフォード大学で電気工学の博士号を取得し、25年間働いて上級副社長に上り詰めた。台湾の行政院長を務めた孫運璿に請われて工業技術研究院(ITRI)院長に就任すると、世界の半導体産業に精通した張は「より高い収益を求める米欧の半導体大手はいずれファブレスになる」と読み、米欧の大手から生産を受託する「ファウンドリー」の設立を提唱した。

 当初は「狂った計画だ」と誰にも相手にされなかったが、TI時代の人脈で、この頃はまだ半導体を手がけていたオランダのフィリップスに出資させてしまう。すると台湾政府や地元企業も張を信用し、100億台湾ドル(約450億円)が集まった。今や半導体の受託生産で世界シェアの50%超を握るTSMCは張の「偏執」から生まれたと言ってもいい。

 画像処理半導体で世界を席巻したエヌビディアの創業者、台湾系アメリカ人の黃仁勳(ジェンスン・ファン)も、7人の技術集団を率いてクアルコムを立ち上げ同社を通信半導体の巨人に育てたアーウィン・ジェイコブスも、革新の中心にはいつも「パラノイア」がいた。

 半導体の歴史に、官僚が革新を生んだ例はない。グローブが唱えた「パラノイアだけが生き残る」を裏返せば「官僚とサラリーマンの予定調和では生き残れない」ことになる。800億円足らずの種銭で5兆円もの開発・設備投資資金を調達しようというのも虫がよすぎる。

「MIRAI」や「あすか」の失敗は、まだ記憶に新しい。ラピダスに名を連ねた8社はいずれも、このプロジェクトから成果が生まれるとは思っていないはずだ。張り切っているのは役所だけ。いや、ひょっとすると、経産省出身でコロナ禍が収まる前に「私はこうしてコロナに勝利した」とばかりに本(『コロナとの死闘』)を出してしまった西村康稔経産大臣(元新型コロナ対策・健康危機管理担当大臣)、ただ一人かもしれない。

カテゴリ: 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
大西康之(おおにしやすゆき) 経済ジャーナリスト、1965年生まれ。1988年日本経済新聞に入社し、産業部で企業取材を担当。98年、欧州総局(ロンドン)。日本経済新聞編集委員、日経ビジネス編集委員を経て2016年に独立。著書に『GAFAMvs.中国Big4 デジタルキングダムを制するのは誰か?』(文藝春秋)、『起業の天才! 江副浩正 8兆円企業リクルートをつくった男』(東洋経済新報社)、『東芝解体 電機メーカーが消える日』 (講談社現代新書)、『稲盛和夫最後の闘い~JAL再生に賭けた経営者人生』(日本経済新聞社)、『ロケット・ササキ ジョブズが憧れた伝説のエンジニア・佐々木正』(新潮文庫) 、『流山がすごい』(新潮新書)などがある。
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