ジョージアで「反戦ロシア人」が形作るパラレルワールド――同胞ビジネス活況も地元市民からは敵視

執筆者:村山祐介 2023年9月12日
タグ: 紛争 ロシア
エリア: ヨーロッパ
トビリシのあるレストランの壁に描かれたジョージアとウクライナの国旗、「我々はウクライナを支持する」との英語のスローガン(撮影・村山祐介)
ロシアによるウクライナ侵攻を支持しない、あるいは徴兵拒否などの理由で国外に逃れたロシア人たちは、どのような生活を送っているのか。親ロシアの分離独立派に国土の2割を占領されている隣国ジョージアでも、数万人規模のロシア人が暮らしている。

 ロシアの隣国ジョージアで、ウクライナ侵攻に反対して母国を逃れた人たちの「反戦ロシア人社会」が岐路に立っている。しゃれたカフェなど同胞向けビジネスが花開く一方、地元ジョージア人は侵攻の歴史と重ね合わせ、その存在に不満を募らせる。異国でもがくロシア人社会を追った。

 

別々に叫ぶ「ウクライナに栄光あれ」

 ウクライナ独立記念日の8月24日夜、首都トビリシの大通りを数百人のウクライナ避難民とジョージア人が巨大なウクライナ国旗を頭上に掲げて行進した。国会議事堂前でスマホのライトをともして侵攻の犠牲者に黙祷を捧げ、何度もこう合唱した。

「ウクライナに栄光あれ!」

 同じころ、5キロほど離れた郊外の旧ロシア大使館前でも同じシュプレヒコールが上がっていた。

 叫んでいたのはウクライナ人でもジョージア人でもない。ロシア人だ。約100人の参加者の一人で、ロシア軍による侵攻直後にトビリシに逃れ、ウクライナ支援のNGOを立ち上げたダニール・チュバーさん(28)は、もどかしそうに頭をかいた。

「ロシア人の団体が現状にあらがって何かをしようとしていることを示すのが大事です。ロシア人の多くがあまり路上で抗議しないことを、ジョージア人もウクライナ人も快く思っていませんから……」

 それならなぜ、わざわざ別の場所で叫ぶのか。

「多くのウクライナ人にとっては『いいロシア人か、悪いロシア人か』なんて関係ありませんし、集会を乗っ取りにきたみたいで不快に思うでしょう。この場所がちょうどいいんです」

旧ロシア大使館前で戦争反対のプラカードを手にウクライナ支援を訴えるロシア人たち=23年8月24日、トビリシ(撮影・村山祐介)

 侵攻にさらされているウクライナ人はもとより、反プーチン政権・反戦・ウクライナ支持というベクトルは重なるはずの地元ジョージア人とも埋めがたい溝を感じている。

「いわばパラレルワールドに暮らしているようなものです。僕もほとんどロシア人の友人たちと過ごしています。欧州志向の強い若いジョージア人は、ロシア人がここにいることを快く思っていません。出会うきっかけがないんです。ジョージア語も話せませんし」

 ロシア人がビザなしで入国して1年間滞在できる隣国ジョージアは近年、プーチン政権の弾圧から逃れた野党政治家やジャーナリストら「反体制派」の避難先になってきた。そこに2022年2月のウクライナ侵攻に反対して国を出たITエンジニアなどの「反侵攻派」が加わり、さらに同9月、プーチン政権の部分的動員令による兵役を避けるために慌ただしく国を逃れた「反徴兵派」がなだれ込んだ。経緯や覚悟の違いはあれ、戦争に反対する立場は共通する「反戦ロシア人社会」が急激に膨らんだ。

 ジョージア内務省の資料によると、22年1月から9月末までに入国して滞在したロシア人は11万2000人余り。人口370万人の小国の中に、収入水準の高い数万人規模の自治体が生まれた形だ。

巨大なウクライナ国旗を掲げてウクライナ独立記念日を祝う参加者=23年8月24日、トビリシ(撮影・村山祐介)

同郷・同業のチャットグループで支えあい

 逃れたロシア人たちは、言葉が通じない異国でどうやって生活の糸口をつかんだのか。

 市街が一望できる高台にあるカフェのテラスで、打ち合わせをしていた青年に話を聞いた。

 IT技術者のバティム・ベスパロブさん(25)は侵攻直後、ロシア西部タタールスタン共和国の首都カザンから逃れてきた。「頭の中が戦争一色になっていてもたってもいられず、ソーシャルメディア漬けになりました。もうここには居られないと思って航空券を買って飛び出したんです」

 その際、よりどころになったのが地元IT系大学の卒業生や知人ら約40人が参加するSNS「テレグラム」のチャットグループだった。

 すでに移り住んでいた人の手ほどきを受け、ベスパロブさんもガールフレンドや友人を誘った。アパートの探し方や銀行口座の開設方法などの情報を交換し、アパートが見つけにくかった最初の半年間は参加者5人で共同生活をしてしのいだ。

「地元のコミュニティそのものです。まだカザンに残っているのは1人か2人くらいで、友人や生活が丸ごとあります。いないのは両親くらいです」

 だが侵攻が長期化するにつれて第三国に移ったり、ロシアに戻ったりした人もいる。ベスパロブさんの実家にもすでに2回、ロシア軍からの召集令状が届いた。この先どうするのか尋ねると、困惑した表情を見せた。

「ロシア政府は予測不能です。週末や来月くらいまでの予定は立てられますが、来年どこにいるかはわかりません。戦争が終わらないことには計画しようがないんです」

 彼らのような居場所を求めるロシア人を客層に、トビリシの中心部にはしゃれたバーやカフェ、ロシア語書店などが相次いでオープンしている。

ロシア語の本を扱う書店。映画会やチェス大会なども開かれている=23年8月18日、トビリシ(撮影・村山祐介)

 ロシア語カラオケバーの草分け、「コシ二バー」の共同経営者アルトョム・グリネビッチさん(38)は「先月開店したバーやカフェだけでも20の名前が挙げられます。準備中のものもあって、どんどん増える傾向です」と話す。自ら運営するトビリシの飲食業界向けのロシア語チャットグループの参加者は、侵攻前は20~30人だったが、いまは800人に達した。

 こだわりのカクテルやコーヒーが売りで、地元市民には手が届かない「モスクワ価格」の店も多い。市場は小さいのに店が増えすぎて、すでに淘汰の波が来ているという。

 NGOトランスペアレンシー・インターナショナル・ジョージア(TIG)の調査によると、22年に設立登記されたロシア系企業は約1万5000社。前年の実に16倍だ。毎月1300社ずつ増えている計算で、そのほとんどが個人事業主という。

 飲食店からクリーニング、建設業、動画スタジオまで花開いた同胞向けビジネスだが、実は「仕事が見つからない」という切迫した事情もある、とグリネビッチさんは指摘する。

「動員令で飛び出してきた人たちの多くはリモートワークで稼げるスキルがありません。だれも仕事をくれないので、自分でつくり出すしかないんです」

疑われる「反戦」の意思、レストラン入店に「踏み絵」

 ロシア人が集う「パラレルワールド」の外に広がるトビリシの街は、ロシアに対するむき出しの敵意にあふれていた。

 あらゆる壁に「くたばれプーチン」「ロシア人は帰れ」といった落書きがされ、ここはウクライナかと思うほど多くのウクライナ国旗や、ウクライナとジョージアが加盟を目指す欧州連合(EU)の旗がはためく。

「ロシア人は家に帰れ」との落書き=23年7月27日、トビリシ(撮影・村山祐介)

 旧ソ連構成国の一つだったジョージアは2008年にロシアの軍事侵攻を受けた。いまなお北部の南オセチア、アブハジアで国土の2割を親ロシア系の分離派に占拠されており、家を追われた30万人が避難生活を強いられている。

 市民の多くは、ともにロシアの侵攻を受け、国土の一部を占領されたウクライナと自国の境遇を重ね合わせる。ヨーロピアン大学のジョージ・ムチェドリシュビリ准教授(政治学、49)は「ジョージア人のほとんどが15年前の侵攻を、そして十分な支援を受けられなかったことを鮮明に覚えています。西側諸国があのとき目を覚まして適切に行動していれば、プーチンはウクライナでここまで多くの命を奪う殺人者にはならなかったでしょう」と連帯の思いを読み解く。

 それだけに、市民のロシア人に向ける視線は厳しい。

 1500人を対象とした今年3月の米シンクタンク・国際共和研究所(IRI)の世論調査では、76%がロシア軍によるジョージア侵攻は継続中で、17%はすぐに再開しかねない、と答えた。ウクライナ侵攻後に来たロシア人に対しても、58%が退去や滞在拒否を望んだ。

 高台のカフェで出会ったジョージア人のIT専門家ジョージさん(23)は、アブハジアにある自宅に今も戻れないでいる。「反戦ロシア人」をどう思うか聞くと、「受け入れてきたのは大きな間違いです。反戦なんてフェイクに過ぎません。プーチン支持なんて言ったら大問題になるので、新しい環境に適応しているだけでしょう」と一蹴した。

 反戦の意思の真偽を見定めようと、入店客に「踏み絵」を迫る店まである。

「プーチンは戦争犯罪人であること」

「ウクライナでの犯罪的戦争を非難すること」

 旧市街の地元レストランEZOの入り口には、そんな8項目が並んだロシア語と英語のパネルが掲げられていた。客席のテーブルの上にまでロシア語の紙を置くほどの念の入れようだ。

入店時に「プーチンは戦争犯罪人であること」など8項目に同意を求めるレストランのオーナー、クリスト・タラハゼさん=23年8月20日、トビリシ(撮影・村山祐介)

 オーナーのクリスト・タラハゼさん(46)は「すべてに同意できないなら入店はお断りです」ときっぱりと言った。反戦派の主張に対しても、疑いのまなざしを向ける。

「ロシアで抗議できないなら、少なくともここでして欲しい。99%は制裁を逃れて快適な生活を維持したいだけで、自分のことしか考えていません。自分で商売を始めて、ロシア人同士でお金を回して、オンラインで働くロシア企業の税金で戦争が賄われています」

 反戦かどうかにかかわらず、ロシア人社会の存在そのものを脅威と感じる人も少なくない。

 野党政治家イラクリ・パブレニシュビリ(30)は「ロシア人が迫害されているから軍事介入すべきだ、と主張するのがロシアの常套手段。警戒しなければならない」とロシア人の流入を制限すべきだと訴える。

 経済面でも、巨大化したロシア人社会は特需とひずみをもたらした。

 TIGの分析では、22年に6万件以上のロシア人の銀行口座が開設され、預金額は前年の4倍に。ロシアからの送金額は前年の5倍の21億ドルに達した。不動産業や観光業は潤い、ロシアとの貿易も好調で、国際通貨基金(IMF)によると、ジョージア経済は22年に10%超の高成長を遂げた。

 一方でロシアへの経済的依存が一段と深まり、侵攻に伴う世界的なエネルギーや食料のインフレが直撃した。ロシア人による需要増でアパート賃料が高騰し、庶民や学生が苦境に陥った。地元調査会社TBCキャピタルの調べでは、今年2月のトビリシの平均賃貸価格は1年前の2.2倍に。急な値上げでアパートを追い出されたり、大学から遠く離れた郊外にしか住めなくなったりした学生が相次いで社会問題になった。

「プーチンは戦争犯罪人であること」などに同意を求める紙が張られたレストラン=23年8月17日、トビリシ(撮影・村山祐介)

ロシア発クルーズ船が世論を逆なで

 薄氷の上で重みを増す反戦ロシア人社会。その先行きに不透明感が高まっている。

 一つは、反戦運動を牽引(けんいん)してきた「反体制派」が散り散りになりつつあることだ。

 活動家らを支援する米系NGO「自由ロシア財団」のトビリシ支部コーディネーター、ニナ・アレクサさん(35)によると、1年間の滞在期限を前に出国した反体制派活動家らが再入国を拒否されるケースが昨年11月から急増した。財団が把握するだけで50人以上、実際には数百人規模とみられるという。「出国したら二度と戻れないかもしれず、大勢が欧州に移っています」

 ジョージアの政権・与党はロシアで財をなしたオリガルヒ(新興財閥)の影響が強いとされ、これまでも対ロ制裁を科さないなどロシアと決定的な対立を避けてきた。再入国拒否の理由ははっきりしないが、プーチン政権への配慮があるのではないか、とアレクサさんはみる。

ジョージア人を支える事業を始めたNGO「自由ロシア財団」のトビリシ支部コーディネーター、ニナ・アレクサさん=23年8月18日、トビリシ(撮影・村山祐介)

 侵攻前にトビリシに移った反体制派の演出家マリア・マカロバさん(40)もジョージアに暮らし続けることを断念し、ドイツ行きを探っている。「反体制派にとってもはや安全な国ではなく、第三国に移らざるを得ません。政治に無関心なロシア人観光客は大勢来ているのですが……」

 そんな観光客がジョージア世論を逆なでする騒動が起き、反戦ロシア人社会に衝撃を与えた。

 プーチン政権が黒海を航行する船舶の安全を保障しないと通告するなか、ジョージア南部のビーチリゾート・バツミに7月下旬、ロシア人観光客約800人を乗せたクルーズ船が入港したのだ。

 下船したロシア人が地元メディアの取材に「ロシアは侵略者ではない。頼まれたからアブハジアを解放しただけだ」などと発言したことが反発を呼び、再入港した際、抗議デモの参加者が卵を投げつけるなどして、23人が逮捕される騒動になった。

 逮捕された一人で、バツミで旅行業を営むハトゥナ・ベリゼさん(38)は「ロシア人がバツミの美しい路地を散策する間、私は2日間投獄されました。でもアブハジアはジョージアです。私たちの国を尊重したくないなら出ていけ、と言わざるを得ません。資産やビジネスを持ち込んで、いまやどこもロシア人ばかりです」と敵意をあらわにした。

 追い打ちをかけるようにロイター通信によると8月23日、ロシア国家安全保障会議副議長のドミトリー・メドベージェフ前大統領によるロシア紙へのこんな寄稿が掲載された。

アブハジアと南オセチアでは、ロシアへの併合が今なお支持を集めている。よい理由があれば、実現する可能性は大いにあるだろう」

相互理解の糸口を模索

 政治に翻弄され、地元世論に突き放され、仲間内に引きこもりがちな「反戦ロシア人社会」。なんとか地元社会との接点をつむぎ、地に足をつけられるよう模索する人たちもいる。

 自由ロシア財団のアレクサさんは「ジョージアはロシアに占拠されている最前線。だから私たちはここにとどまって、何か行動を起こすことがとても大事だと思う」と語る。

 そんな思いで2カ月前、ウクライナ避難民への支援に加えて、占領されている南オセチアの周辺で貧しい生活を強いられているジョージア人を支える事業を始めた。

「ロシア人の多くはジョージア紛争について驚くほど何も知りません。でもいまなおジョージア人に大きな痛みをもたらしているからこそ、町中に『ロシア人は家に帰れ』といった落書きがあふれているんです。そのことを伝えたい」

 トビリシで学校に通う12歳の長男にも歴史的経緯をかみ砕いて教え、ジョージア人の友達もできたという。ただ、街中の落書きについては「あまり気にし過ぎないで」とも伝えている。

 37万人の登録者がいる人気ユーチューバーで、昨年9月に逃れてきたナターシャさん(24)は、トビリシでの反戦ロシア人の集会の様子などを動画で配信している。

 ネット上はロシア人に対するネガティブな言葉にあふれ、ふさぎ込むこともある。「地元の人たちの考えを変えることはできないし、その必要もない」。そんな思いと同時にこうも考える。

「ロシア人だからプーチン支持なのだろうと思われてしまいますが、それは違います。だから国民と政府は違う、ということを示すことが本当に大切なんです」

 

反戦集会の様子などを動画配信する人気ユーチューバーのナターシャさん=23年8月20日、トビリシ(撮影・村山祐介)

 

カテゴリ: 政治 社会
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執筆者プロフィール
村山祐介(むらやまゆうすけ) ジャーナリスト。1971年、東京都生まれ。立教大学法学部卒。1995年、三菱商事株式会社入社。2001年、朝日新聞社入社。2009年からワシントン特派員として米政権の外交・安全保障、2012年からドバイ支局長として中東情勢を取材し、国内では経済産業省や外務省、首相官邸など政権取材を主に担当した。GLOBE編集部員、東京本社経済部次長(国際経済担当デスク)などを経て2020年3月に退社。米国に向かう移民を描いた著書『エクソダス―アメリカ国境の狂気と祈り―』(新潮社)で2021年度の講談社本田靖春ノンフィクション賞を受賞。2019年度のボーン・上田記念国際記者賞、2018年の第34回ATP賞テレビグランプリのドキュメンタリー部門奨励賞も受賞した。
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