今さらの「資産運用特区」で懸念される「資産逃避」「円安」の悲しいシナリオ

執筆者:磯山友幸 2023年10月4日
エリア: アジア
3日の円相場は一時1ドル=150円台に下落、円安進行による物価高も懸念される[「ニューヨーク経済クラブ」主催の会合で講演した岸田首相=2023年9月21日、アメリカ・ニューヨーク] 写真:首相官邸ホームページ
個人の年金資産など日本の運用資金は800兆円に上る。ここに海外の運用会社がアクセスすれば、投資先は外債や外株中心になるだろう。確かに運用パフォーマンスは改善されるが、それは円資産の流出とさらなる円安加速も意味している。一方で、将来への確信がなければ長期投資資金は入ってこない。つまり10年遅れでアベノミクスを焼き直した「資産運用特区」は、期待とは逆の効果をもたらす可能性が大きい。

 政策というのは打つべきタイミングがある。一見正しそうな政策に見えても、タイミングがズレると逆効果をもたらす。そんな典型が、岸田文雄首相が打ち出した「資産運用特区」構想だ。

 岸田首相は9月21日にニューヨーク経済クラブで講演した。「我が国で我々が行っていることを評価していただき、我が国経済の底力と将来の計画をよく見ていただき、日本に投資いただくことを強く求めたい」と米国の投資家や経済人に呼び掛けたが、その「目玉」が「資産運用特区の創設」だった。

「海外からの参入を促進するため、資産運用特区を創設し、英語のみで行政対応が完結するよう規制改革し、ビジネス環境や生活環境の整備を重点的に進める。世界の投資家のニーズに沿った改革を進めるため、皆さんも参加いただいて、日米を基軸に、資産運用フォーラムを立ち上げたい」

アベノミクスの「焼き直し」

「特区」と言えば、安倍晋三元首相が推めたアベノミクスで「国家戦略特区」を規制改革を行う武器としたことで知られる。「岩盤」として名指しした農業、医療、労働市場の改革が注目されたが、海外からの投資を受け入れるための規制緩和は大きな課題であり続けた。「金融特区」を設け、様々な申請書類を英語で認めることや、金融機関などで働く外国人が仕事や生活するうえでの環境整備を進めることは、当初から掲げられていた。岸田首相が言及した具体策は、ほとんどすべて10年前のアベノミクスの「焼き直し」と言っていい。

 海外へ行って日本への投資を呼びかけるのも安倍流である。2013年9月にニューヨーク証券取引所を訪れた安倍首相(当時)はスピーチを行い、「バイ・マイ・アベノミクス(私のアベノミクスを買え)」と呼び掛けた。当時、アベノミクスとして「3本の矢」を掲げ、量的緩和や財政支出の拡大と共に「民間投資を喚起する成長戦略」を打ち出した。大胆に規制改革を行うことで日本経済を変えていくという方針に、海外投資家が反応。日本株投資に一気に資金が流入した。安倍首相は折に触れて、ロンドンやニューヨークなどで投資家や経済人に「日本買い」を訴えた。

 岸田首相も就任以来、その安倍流を踏襲している。2022年5月にはロンドンの金融街シティーで講演し、「インベスト・イン・キシダ(岸田に投資を)」と呼び掛けた。「バイ・マイ・アベノミクス」の効果の再現を狙ったのは間違いない。

 そして、今回の演説では、この1年の日本経済のパフォーマンスの良さに胸を張ってみせた。いわく「名目GDP(国内総生産)成長率は年率11.4%で主要先進国で最高の伸び」「国内投資も100兆円を超え史上最高」「物価高を上回る3.5%超の賃上げ」「最低賃金は4.5%引き上げ」と目覚ましい成果を上げ、その結果、「株価は33年振りの水準まで上昇している」とした。だから日本に投資すべきだ、というわけだ。

800兆円の大半は「外モノ」へ

 では岸田首相が打ち出した「資産運用特区」にこれまでと違う点はないのか。……

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カテゴリ: 経済・ビジネス 政治
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執筆者プロフィール
磯山友幸(いそやまともゆき) 1962年生れ。早稲田大学政治経済学部卒。87年日本経済新聞社に入社し、大阪証券部、東京証券部、「日経ビジネス」などで記者。その後、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、東京証券部次長、「日経ビジネス」副編集長、編集委員などを務める。現在はフリーの経済ジャーナリスト活動とともに、千葉商科大学教授も務める。著書に『2022年、「働き方」はこうなる』 (PHPビジネス新書)、『国際会計基準戦争 完結編』、『ブランド王国スイスの秘密』(以上、日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)、『破天荒弁護士クボリ伝』(日経BP社)、編著書に『ビジネス弁護士大全』(日経BP社)、『「理」と「情」の狭間――大塚家具から考えるコーポレートガバナンス』(日経BP社)などがある。
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