「自動運転技術」の大市場を逃す「アンチEV」

執筆者:土方細秩子 2023年10月11日
タグ: EV
エリア: 北米
中国バイドゥは米カリフォルニア州でも傘下企業が無人走行の許可を得ている[バイドゥの無人タクシーの車内に設置されたタッチパネル。「開始行程」を押すと出発する=2022年9月5日、中国湖北省武漢市](C)時事
世界でEV(電気自動車)が本格的な普及段階に入った。これに牽引される形で拡大するのが、2029年には車両だけで200億ドル規模に拡大すると見られる自動運転技術市場だ。コンピューティングと電力供給がカギになる未来はガソリン車では描けない。そして市場の裾野の広さも考えれば、EVシフトへの腰が重い日本は基幹産業衰退の危険を冒している。

 米Clean Technica社の報告によると、今年6月に世界のプラグイン車両(BEV=バッテリー電気自動車、PHEV=プラグインハイブリッド車を合わせたもの)の比率が全販売台数の19%に到達した。BEVのみの割合でも13%だ。

 これは昨年比で38%の上昇となり、「世界は本格的なEV普及の段階に入った」と言われる。ブルームバーグ社の報告でも車両販売台数のうちEVが5%以上を占める国は世界で23カ国以上となり、一つの喫水線を超えた、と考えられる。

 この5%超えの国の中には中国はもちろん、タイも含まれる。一方で日本はまだBEVの割合は2%未満、PHEVと合わせても5%に到達していないのが現状だ。国内には「EVは電力が不足するので普及しない」「EVが必ずしも環境に優しいとは限らない」といった否定論が根強いが、こうした見方はEVが普及しないことで日本の産業界が被る多大な技術的デメリットも隠してしまう。それは自動運転技術だ。

これからの自動運転は何ができるか

 まず、自動運転とは何か。自動運転には様々な方法がある。最も簡易な方法がGPSを使って定めたルートに車両を電磁波誘導するものだ。ゴルフ場のカートなどを思い浮かべれば想像できるだろう。この方法は地面にGPSを使って見えないレールを敷くようなもので、一定のルート以外には走行できないが、車両を自動で動かすことは可能だ。実際にテーマパークなどの敷地内で完全自動運転シャトルバスとして導入されているところもある。

 2つ目の方法がリモート技術を用いたものとなる。遠隔で操作するオペレーターが必要となるが、車両そのものは自律走行できる。例えば倉庫内でのピックアップ作業を行う車両などを、Aの棚からBの棚に移動させる、入り口で運搬車両に受け渡す、などの作業が可能となる。これも一般的には私有地内でのみ可能な自動運転だ。

 そして、車そのものがインフラや他の車、歩行者などの存在を感知し、目的地まで安全に乗客を運ぶ、というのが一般的なイメージの自動運転だろう。こちらは公道を道路交通法にしたがって安全に走行する点で前述の2つの方法よりも遥かにハードルが高い。

 この3つ目の自動運転に関しては、レベル1−5が定められており、国際基準ではないがその国の道交法などに準拠した基準が設置されている。日本の国土交通省によるとこのような図式となる。

 つまりレベル2まではADAS(高度運転支援システム)とも呼べるもので、運転の主体はあくまで人間であり、システムが例えば衝突防止のための自動ブレーキ、高速走行時のクルーズコントロール、車線はみ出しや時には居眠り運転への警告などを行う。このレベルは、いわば「足や手を離すことができる(ハンズオフ)」を意味する。

 レベル3以上になると人間に代わってシステムが運転の主体となる。ただしレベル3はシステムが運転を行うが、人間が注意を払う必要がある。このレベルはいわば「運転中に目を離すことが可能(アイズオフ)」だが、システムからの警告音により人間がハンドルを握る、ブレーキをかける、などの対応が求められる。また公道を走行するには人間がドライバー席に座り、ハンドルに手を置いておくことが求められる。

 レベル4、5はほぼ完全自動運転となるが、4では特定条件下でのみ可能、5は条件なしとなる。このレベルは「運転から気持ちを離す(マインズオフ)」、すなわち車が走行中にドライバーは仕事をしたりテレビを見たり、とシステムに介入する必要がなくなる。このレベルではハンドルやアクセルなどの装置さえ車から撤廃することが可能となる。

レベル4以上はガソリン車では無理

 当初レベル5の自動運転は2030年にも実現可能、と言われていたが、公道での実現はそれよりも時間がかかりそうではある。それでも世界各国で自動運転技術の開発が進み、中国や米国の一部の州では無人タクシーの実用化が始まりつつある。

 米カリフォルニア州の例で見ると、2022年に同州で公道での自動運転走行許可を得た企業は43社で、うち7社がドライバーレス、つまり無人走行の許可を得ている。残りはドライバーが運転席に乗車した形での走行実験を行っている。7社とはアポロ(Apollo=中国バイドゥ傘下)、オートエックス(AutoX=中国)、クルーズ(Cruise=米ゼネラル・モーターズ傘下)、ニューロ(Nuro=米)、ウェイモ(Waymo=米アルファベット傘下)、ウィーライド(WeRide=中国)、ズークス(Zoox=米アマゾン・ドット・コム傘下)であり、43社がこれまでに州内で自動運転走行を行った総距離数は570万マイル(約917万キロ)に到達した。

 これら43社のうち、日本企業は日産とウーブン・プラネット(トヨタ・リサーチ)の2社にとどまっている。しかもこれら2社による走行実験申請数、走行マイル数は他社と比べて極めて低い数字だ。もちろん、自動運転開発企業に日本企業が投資をしている例もあり、必ずしも日本のプレゼンスがない、という意味ではない。しかしクルーズ、ウェイモ、米テスラ、米アップルに加え中国DiDiなど、自動運転開発トップと言われる企業に日本企業の名前がないことも事実だ。

 レベル3ではホンダが世界で初めて認証を得たとのニュースが話題となった。ホンダが使用したのはレジェンドで、これはガソリン車である。しかし、レベル4以上の自動運転になるとガソリン車ではほぼ無理だろう、というのが業界で共有される認識でもある。

 レベル4以上を達成するためにはセンサーやカメラだけではなく、交通インフラとのコミュニケーションなど、高度なコンピューティングが必要となり、消費電力が増大する。ガソリン車の場合、搭載されているバッテリーではこれだけの電力を供給できず、自動運転システムのためだけに余分のバッテリーを搭載するよう車のデザインを変える必要が生じる。

 もう一つの問題は……

カテゴリ: 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
土方細秩子(ひじかたさちこ) ジャーナリスト。京都市出身、同志社大学英文科卒。ロータリー財団奨学生としてボストン大学大学院コミュニケーション学科修了。TV番組制作を経て、フリーランスライターとして自動車産業を中心に幅広いジャンルの取材・執筆活動を続けている。フランス滞在後、1993年よりロサンゼルス在住。
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