《イスラエル・ハマス大規模衝突》湾岸諸国が抱える「国益と民意」の微妙な乖離

執筆者:村上拓哉 2023年10月12日
エリア: 中東

地上戦が始まれば、イスラエルへの敵対感情への対処も一層難しくなるだろう[イスラエルの空爆を受けたパレスチナ自治区ガザから立ち上る煙=2023年10月11日、パレスチナ自治区ガザ](C)EPA=時事

湾岸諸国にとってイスラエルとの協調に実利がある事情は変わらずとも、一時は世論の深層に退いたパレスチナへの同情がどこまで高まるかが問題になる。権威主義的な体制において、世論の無視は国内政治上の大きなリスクだ。当座はパレスチナに寄り添う立場を強調しつつ、米国やエジプトによる仲介努力も積極的に支援することが予想される。

 10月7日、パレスチナのガザ地区を実効支配するハマースが「アル=アクサーの洪水」作戦を開始し、イスラエル領内へ侵入し1000人以上に及ぶ民間人を殺害した挙句、およそ150人を拉致して人質としたことは、二つの意味で国際社会に衝撃を与えた。

イスラエルはなぜ虚を衝かれたか

 一つは、イスラエルがハマースによる大規模な軍事作戦を事前に察知できなかったばかりか、国境線を守ることが能わず領内への侵入を許し、1973年の第四次中東戦争以来となる多数の民間人の被害を出してしまったことだ。

 ガザ地区の面積は約365平方キロメートルと東京23区の6割弱の広さしかない。イスラエルはガザ地区を壁やフェンスで封鎖し、ヒトやモノの出入りを厳しく制限してきた。ガザ地区内の武装勢力の動向も監視システムや諜報員の浸透により詳細に把握していると思われてきた。イスラエル軍とハマースの戦力差も大きく開いており、ハマースが大規模な軍事行動を起こせば徹底的な反撃を受けることは自明であった。イスラエル側にそうした慢心があったことが、今回ハマースに虚を突かれた原因であるかもしれない。

 もう一つは、イスラエル領内に侵入したハマースが、イスラエル軍の部隊や施設を攻撃の標的にするのではなく、無抵抗の民間人を意図的に狙って殺害・拉致し、遺体を晒すといった非人道的な蛮行を行ったことだ。

 ハマースはイスラエルや米国、EU(欧州連合)ではテロ組織に指定されているが、2006年のパレスチナ評議会選挙では過半数の議席を獲得した政治組織であり、2007年に武力によってガザ地区の支配を確立した後はガザ地区の実質的な統治者でもあった。イスラエルにとって統治者になったハマースは、ガザ地区内のより過激な武装組織の台頭を抑え込ませるとともに、ヨルダン川西岸を支配するパレスチナ政府との分断を維持することで統一されたパレスチナ国家の樹立を妨げるという、奇妙な利害関係を共有する「パートナー」としての側面もあった。

 しかし、イスラエルのヤアコブ・アミドロル元国家安全保障会議(NSC)議長が今回のハマースの蛮行を受けて「我々は大きな間違いを犯した。テロ組織はそのDNAを変えられると信じていた」と吐露したように、ハマースがこのような残虐な行為を大々的に実施するとはイスラエルも十分に想定できていなかった。

「アブラハム合意」への否定的評価が増えている世論

 さらに、ハマースによる残虐な行為がソーシャル・メディアを通じて世界中に拡散されたにも拘らず、中東諸国は今回の事態に対して中立的ないしパレスチナ寄りの姿勢を示したことも、欧米諸国では一種の驚きを持って受け止められている。近年、イスラエルとの国交正常化を実現させたUAEやバーレーン、あるいは足元でイスラエルとの国交正常化交渉が進んでいるとされているサウジアラビアも、批判のトーンは他の中東諸国に比べると控えめではあったものの、明確にイスラエルとは距離を置く立場を取った。

 中東諸国がパレスチナ寄りの立場を取るのはパレスチナ問題の歴史的な経緯を考えればごく自然なことである。しかし、近年はアラブ社会においてもパレスチナ問題は以前ほどセンシティブな中心的な課題ではなくなっていた。

 1979年にエジプトがイスラエルと国交正常化した際は、エジプトはアラブ諸国から国交断絶され、アラブ連盟から追放されたのに対し、2020年にアブラハム合意でUAE、バーレーン、モロッコ、スーダンがイスラエルと国交正常化した際に、そのような反応は起きなかった。アラブ諸国ではパレスチナ解放というアラブの大義よりも、自国の国益を追求する動きが強まっており、特に湾岸諸国ではイランとの対立が深まる中で「敵の敵」であるイスラエルと協調することに利を見出すようになっていた。米国による中東地域への軍事的な関与の低下を背景に、イスラエルという先端軍事技術を有し、米国とのパイプ役にできる国との関係を発展させることは、国益に資すると見られるようにもなった。

 しかし、そうした国家中心的な事情とは別に、……

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カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
村上拓哉(むらかみたくや) 中東戦略研究所シニアフェロー。2016年桜美林大学大学院国際学研究科博士後期課程満期退学。在オマーン大使館専門調査員、中東調査会研究員、三菱商事シニアリサーチアナリストなどを経て、2022年より現職。専門は湾岸地域の安全保障・国際関係論。
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