ハイチへの多国籍治安支援(MSS)ミッションが映す国際平和活動の新しい形と「対テロ戦争」の影(下)

執筆者:篠田英朗 2023年10月16日
エリア: 中南米
オースティン米国防長官はケニアを訪問し、「ケニアがハイチの治安支援任務を率いる姿勢に感謝した。アメリカは強力な経済支援と後方支援を提供する用意がある」と表明した[9月25日、ナイロビでケニア国防相との共同記者会見](C)EPA=時事
困難な活動の主導国にケニアが手を挙げたインセンティブは、アメリカや国連のアフリカへの関与の確保強化にあるだろう。直接介入を避けつつ多国間協調主義は維持したい米国と、このケニアの動きは微妙な整合性を見せている。ハイチへのMSS派遣の背景に、アフリカにおける「対テロ戦争」の事情が見え隠れする。(本稿上編はこちらからお読みになれます)

ハイチにおける国連PKOの苦難

 アメリカは、20世紀初めにハイチに軍事介入してそのまま占領統治をした歴史を持つ。ハイチにとっては嫌悪の対象であると同時に、畏怖の対象でもある。アメリカの軍事介入以外の手段でハイチの治安回復を図ることは不可能だ、という声も根強い。もっともハイチは、アメリカにとっても鬼門と言える場所だ。アメリカは1994年にもハイチに軍事介入を行ったが、その結果が今の状態である。二度と介入したくないと思うのも、無理はない。

 ハイチでは、1991年のクーデター後に軍政が続いていたが、交渉による解決の機運を捉えて1993年に「国連ハイチ・ミッション(UN Mission in Haiti: UNMIH)」が展開することになった。しかし軍政が民政復帰の約束を反故にする行動に出たことにより、1994年にアメリカ軍が介入して軍政を倒し、ジャン=ベルトラン・アリスティド大統領を復権させた。その後、アメリカは再び国際機関の活動の支援者に回り、介入の負担の軽減を図る政策をとったが、うまくいかなかった。

 UNMIHは1996年に活動を終了させ、ハイチ警察の訓練に特化した目的を持つ「国連ハイチ支援団(UN Support Mission in Haiti: UNSMIH)」に、さらに1997年に「国連ハイチ暫定ミッション(UN Transition Mission in Haiti: UNTMIH))に、そして同じ1997年のうちに「国連ハイチ文民警察ミッション(UN Civilian Police Mission in Haiti: MIPONUH)」へと引き継がれていった。これらは縮小していく段階に対応したミッションの転換によるものだが、いずれもが国連PKO(平和維持活動)ではある。

 MIPONUHは、それまで「米州機構(Organization of American States: OAS)」主導で展開していた「ハイチ国際文民ミッション(Mission Civile Internationale en Haïti: MICIVIH)」とともに、2000年に「ハイチ国際文民支援ミッション(Mission Internationale Civile d‘Appui en Haiti: MICAH)」へ、国際的な支援活動の主体を譲る。MICAHは、国連総会のコンセンサスの決議で設立されたPKOではない平和構築ミッションとして位置付けられた。そしてこのMICAHも、2001年に活動を終了させる。

 これは一見すると、ハイチの安定化に向けた国際社会の努力の成果が、段階的な縮小とともに結実していく過程であるかに見える。しかしハイチの警察機構が真に立て直され、国家の脆弱性が克服されたわけではなかった。

 アリスティド大統領は選挙で不正を行って居座っていると糾弾される不穏な情勢が続く中、2004年にギ・フィリップによるクーデターが起こる。フィリップは2000年までハイチ国家警察(HNP)の機構内で署長を務めていた人物だったが、クーデター企図の嫌疑で告発されて罷免され、ドミニカ共和国に逃れていた後に、他の反政府の人々とともに、ハイチに戻って政府を転覆させたのである。……

カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
篠田英朗(しのだひであき) 東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授。1968年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大学大学院政治学研究科修士課程、ロンドン大学(LSE)国際関係学部博士課程修了。国際関係学博士(Ph.D.)。国際政治学、平和構築論が専門。学生時代より難民救援活動に従事し、クルド難民(イラン)、ソマリア難民(ジブチ)への緊急援助のための短期ボランティアとして派遣された経験を持つ。日本政府から派遣されて、国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)で投票所責任者として勤務。ロンドン大学およびキール大学非常勤講師、広島大学平和科学研究センター助手、助教授、准教授を経て、2013年から現職。2007年より外務省委託「平和構築人材育成事業」/「平和構築・開発におけるグローバル人材育成事業」を、実施団体責任者として指揮。著書に『平和構築と法の支配』(創文社、大佛次郎論壇賞受賞)、『「国家主権」という思想』(勁草書房、サントリー学芸賞受賞)、『集団的自衛権の思想史―憲法九条と日米安保』(風行社、読売・吉野作造賞受賞)、『平和構築入門』、『ほんとうの憲法』(いずれもちくま新書)、『憲法学の病』(新潮新書)など多数。
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