リベラル派の勝利はポーランドを変えるか――投票分析で占う新政権「3つの山場」

執筆者:田口雅弘 2023年10月24日
タグ: EU NATO
エリア: ヨーロッパ
選挙の顔として野党連合を勝利に導いた「市民プラットフォーム」のドナルド・トゥスク元首相だが、安定した政権運営のためには越えるべき「山場」がいくつもある[10月15日、ワルシャワの投票所にて](C)AFP=時事
総選挙が事前の予想を覆す逆転劇となり、政権交代が見込まれるポーランド。投票結果を分析すると、世代交代を求める若者の投票率上昇がリベラル派の野党陣営に有利に働いたといえる。一方で保守派の支持基盤も相変わらず堅く、10もの政党による選挙協力で勝利した野党連合には、首相指名や政策調整、さらにはウクライナ支援の舵取りなど、いくつかの難関が待ち受けている。

 ポーランド国民は、2023年10月15日の国会上下院選挙で、2015年来続いた保守政権に見切りをつけ、中道リベラル派を選択した。事前の世論調査では「法と正義」(PiS)が「同盟 」(Konfederacja)と組んで勝利することが予想されていたが、野党が選挙連合を組み、最後は劇的な勝利をあげた。ヨーロッパで右傾化が進む中で、ポーランドがこの流れに歯止めをかけたことは大きな意義がある。早くも選挙の詳細データが公表されているので、それを元に今回の投票結果を分析し、そこから見えてくるポーランド国民の変化の要因を探るとともに、今後予想される組閣の行方や政権の安定性を考えてみたい。

上下院ともに中道リベラル派で過半数を獲得

 選挙の最大の焦点は、与野党逆転が果たされるかどうかであった。政権与党で保守派の「法と正義」は極右グループ「同盟」と組んで過半数獲得を目指していた。それに対し、野党第1党で中道リベラル派の「市民プラットフォーム」(PO)は選挙連合「市民連合」(KO)で対抗し、中道・キリスト教リベラル系の政治連合「第三の道」や「左派 」と協定を結び政権奪還を目指した。主要政党の動向は『総選挙を目前に苦悩するポーランド(後編)|ポピュリズム拡大の背景にある国民の「不安」』(Foresight、2023年10月3日)を参照されたい。

 まず、選挙の結果は次のとおりである。

 下院の議席数は460議席で、過半数は231議席である。「法と正義」が194議席、「同盟」が18議席で、合わせて212議席獲得している。一方、野党は「市民連合」が157議席、「第三の道」が65議席、「左派」が26議席で、合わせて248議席獲得している。したがって、下院では中道リベラル派が多数を獲得した形だ。

 上院の議席数は100議席で、過半数は51議席である。「法と正義」が34議席、「市民連合」が41議席、「第三の道」が11議席、「左派」が9議席、その他が5議席で、こちらも中道リベラル派が多数を占めた。

 なお、総選挙と同時に行われた国民投票(投票にかけられた内容は前掲記事参照)は、投票率が50%に達せず無効となった(投票率40.91%)。野党が投票のボイコットを呼びかけていたためで、結果的にこれは「法と正義」に対する不信任投票となり、「法と正義」の求心力を弱める結果となった。

与野党逆転も依然として堅い支持の「法と正義」

 次に、国家選挙委員会(PKW)発表の公式データで投票行動を分析してみよう。まず、投票率が極めて高かったことが今回の選挙の大きな特徴である。投票率74.38%(2019年選挙では61.74%)で、今回の選挙に対する国民の関心の高さがうかがわれる。特に大都市での投票率が高く、首都ワルシャワがあるマゾヴィエツキ県では、投票率は79.27%に達している。一方、保守の地盤で農村が中心のオポーレ県では、投票率は66.55%であった。以前から農村の投票率はおしなべて低かった。今回は、都市だけでなく農村でも投票率が上がっているものの、人口が多くリベラル派が多数を占める都市部の投票率が大きく上がったことは、リベラル派の勝利に大きく貢献したといえる。

 得票総数で見ると、「法と正義」は764万票(前回の得票数805万票)で、前回と比べると約40万票しか減少していない。実は、「法と正義」の基礎票はそれほど大きく落ち込んでいないのである。一方「市民プラットフォーム」は663万票(前回の得票数506万票)で、前回と比べると約160万票伸ばしている。「市民プラットフォーム」が得票を大きく伸ばしたことは間違いないが、「法と正義」の支持票が「市民プラットフォーム」に流れたわけではなく、普段はあまり選挙に足を向けない都市住民の浮動票が「市民プラットフォーム」を後押ししたという推測ができる。世論調査機関Ipsosの調査では、もともと「法と正義」の支持者で、今回の選挙で他の政党に投票した人々の票は、「同盟」(極右)と「第三の道」(中道)に分散したとみられる。

 このように、「法と正義」の支持基盤は意外に堅く、今回の選挙で「法と正義」が一気に崩れることは考えにくい。「法と正義」の基礎票自体が大きく減っていないことに加え、大統領が「法と正義」出身であること、前回の地方議会選挙では「法と正義」が多くの地方で勝利していることを考えると、「法と正義」は依然として国民に大きな影響力を持ち続けている。なによりも今回の選挙で第1党になったのは、まぎれもなく「法と正義」であることは確認しておく必要がある。ただし、「法と正義」の中にも今回の選挙における敗北の責任を問う声があり、それは特に現職のマテウシュ・モラヴィエツキ首相に向けられている。「法と正義」も一枚岩ではない。

世代交代を求める若者層

 年齢層別に分析すると、若者(18〜29歳)が投票所に足を向けたことが大きい。この層で「法と正義」に投票したのは、わずか14.9%(60歳以上では53.0%)にすぎない。しかしまた、この層で「市民連合」に投票したのは、28.3%(60歳以上では31.3%)にとどまった。総じて、高齢者は、既存の「法と正義」か「市民プラットフォーム」から二者択一し、若者は、既存2大政党より、その他の政党を選ぶ傾向が見られた。若者の約70%はリベラル派を選んでいるものの、現状の閉塞感を打ち破るには政治の新機軸と世代交代が必要と感じているのではないかと推測できる。

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カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
田口雅弘(たぐちまさひろ) 環太平洋大学経済経営学部教授、岡山大学名誉教授。専門は、現代ポーランド経済史、ポーランド経済政策論。ワルシャワ中央計画統計大学(SGPiS)経済学修士学位取得卒業、京都大学大学院経済学研究科博士課程後期単位取得退学(京都大学博士)。岡山大学学術研究院社会文化科学学域教授、ワルシャワ経済大学世界経済研究所教授、ハーバード大学ヨーロッパ研究センター(CES)客員研究員、ポーランド科学アカデミー(PAN)客員教授等を歴任。1956年生まれ。主要著書:『ポーランド体制転換論  システム崩壊と生成の政治経済学』(御茶の水書房、2005年)、『現代ポーランド経済発展論 成長と危機の政治経済学』(岡山大学経済学部、2013年)、『第三共和国の誕生 ポーランドの体制転換一九八九年』(群像社、2020年)
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